第9話 壁にかかる満月
コンビニの帰り道。動きたくて、なにかを見つけたくてとりあえず外に出た。
最近はずっとそうだ
動いた目的はどうでもいい
素材が欲しくてとにかくどこかへ出掛けたかった。
横断歩道を渡るとき、踏切が開くのを待ってるとき、ニュースの悲報
朝起きてもそう
どんな詩を書こうかずっと考えている
悪いことじゃない
そう思ってはいるけど誰かの死を自分の物にしようとしてる自分がすぐ隣にいて嫌気がさすときがある。
いやいや考えすぎだ
まだプロの足元に落ちた小石にもならない人間がそんなこと考えてなんの意味があると言うのだ
そう思い玄関のドアノブを握った
せいや「おかえり!」
昨晩、飲みに行って家に帰ってから寝てしまったせいやが元気よく言ってきた
たつま「ただいま」
せいや「どこいってたんだよ」
たつま「ほら、朝飯。コンビニ行ってた」
そう言って買ってきた冷やしうどんとお茶をせいやに渡した。
せいや「おー!さんきゅ!」
そう言って笑った
最近は曲のことについてよく2人で酒を飲み語りあっている
どんな曲をつくろうか
どこで歌おうか
誰に歌おうか
いくら稼ごうか
武道館でのライブはどんな演出をするか
そんな程遠い先の未来を言い合い、笑い合い、何かしらの杯を交わした。
誰よりも、僕らよりも長く生きる曲を作るんだ。見たこともない、話したこともない誰かを救い出だすヒーローみたいな音楽を作ろう
そんな大それた話を永遠とした。
叶いもしない夢だとしても見れただけで充分だと思った
今が幸せだから
そんなことを考えてる自分の頬を叩き戒めた
せいや「え?!大丈夫?何してんの?」
たつま「いや、なんでもない」
夢じゃないんだ。絶対に現実にするんだ
そう思い水を飲み干した。
せいや「あ、いいメロディ思いついた」
そういいスマホに向かって鼻歌を歌い出す
最近は思いついたメロディを忘れないようにスマホのボイスレコーダーに録音する様にしてる。
塚本さんにそうしろと言われたのだ。
最初は詞先で曲をつくった僕らだがメロディが先に思いついても曲を作れるようにしている。
と言っても思いつくのはワンフレーズのみで1曲出来たことはまだない。
たつま「そろそろ帰れば?」
せいや「うどん食ったらな」
もうすぐ12時を過ぎようとしていた
たつま「どんな曲が流行るんだろう」
唐突に聞いた
せいや「わかんね、でも流行る曲が分かる人って天才だと思うよ?」
たしかに
と思った
たつま「やっぱ恋愛系かな?」
せいや「そうだな、なんか過去の経験でいいのないの?」
たつま「ない!」
そう言い2人は笑った。
せいや「まぁ作ればいいかそんなの」
「創造するんだ。究極の恋愛を
そして誰にでも当てはまる体験を
今、この瞬間にもいるかもしれない誰かを
救い出すような曲を作る」
たつま「まだ酔ってる?」
せいや「音楽に酔ってる」
そして無言が続いた
無言というより無音に近い状態だった
無意識の中、再び襲う睡魔に身を預け目を閉じた。
どこか遠くで歌が聴こえる
歌?いや、歌詞はない
心地よくもあり、マイナーなコードが切なさを伝えた。
目を開くとせいやがギターを弾いていた
せいや「おはよう!」
たつま「その曲、なんていうの?」
せいや「名前はまだない。今、思いついた
歌詞は任せたよ?」
たつま「オリジナルか!よかった。」
せいや「よかった?なんで?」
たつま「いい曲だって思ったんだよ。そんなメロディに歌詞を載せたいって思ってたから」
せいや「めっちゃ褒めるじゃん」
「じゃあ後は任せた」
せいやが録音したメロディを何度も聴き、天井を見上げ、ペンを握った。
とんでもなく切ない、だけどどこか前向きで
踏み出したくなるメロディ
せいやはやっぱ凄いな
自分なんていなくてもてっぺんまで走っていってしまうんじゃないかって時々思う
そう言うと多分せいやは怒るけど、だからこそ一緒に音楽をやりたいって思ったんだ
だから、もし俺がいなくなっても続けてほしい
本気でそう思う
そんなことを考えていたことはせいやには口が裂けても言えない。
手が動いているのがみえた。自分の手に対して感じることではないのかもしれない。
しかし、ほかに表現のしようがないのだ。
右手が文字を書き、左手が誤字を消し、また右手が文字を書く。
そんな様子を客観視してる僕。
せいやは腕を組み、僕を眺めた。
切なそうな顔をしている。
何を考えているのかわからなかった。
詩を描き終え、せいやに見せた。
せいやはギターを取り、メロディに乗せ口ずさむ。
〈だから それは違うって
怖い顔で 泣いてたっけ?
それも なつかしくって
今はもう 寂しくて
もう一度だけ 顔見せて
外の 街灯より
道を 照らすはずだから
僕のそばにいる
わからないけど
すこしなら進めそうさ
暗にいる新月
君と思えて暮らせるなら
風が 吹く場所で
眠った 君は今
僕の 合言葉みたいな
愛に 目を覚ました
そんなこと 起きないから
今は 手を合わせ
願うよ そばにいるんだと
見上げた夜の
雲の隙間に
すこしだけ顔を見せて
照らす三日月に
腰掛けてもいいから
僕のそばにいる
わからないけど
思ってもいいかな
壁にかかる満月
君は今も一緒だと〉
せいやはなにを思ったのか
歌い終わり黙ったまま止まった
何分か、いや何秒かして口を開いた
せいや「約束したからな?お前は俺と一緒に武道館に行くんだ」
たつま「なに急に?そういったじゃん、やめろよなんか恥ずかしいから。」
「それで?どうだったんだよ、詩の感想聞かせてよ」
せいや「いや、ごめん。」
「いいと思う」
そう言ってせいやはもう一度歌い出した
下を向き、まっすぐに詩を眺めながら
52Hzの鯨 Junya @Junya555
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