第17話 そして、ストーカーが!
正門から、九兵衛が
以前より、さらにそぎ落とされた顔と身体つき。やはり、主君を討ったという事実は、その顔に現れるのだろうか。
「よお、なぜ、こんなところにいる」
「それな。九兵衛こそ、なぜここに」
「いや、なんだか呼ばれているような気がした」
「そうそうそう、呼んでた。むっちゃ呼んでた」
「なんの用だ」
「あの、テンがね、そっちにいないかと思って」
「テンか、来ておるぞ」
「頼みがあるんだ。テンを一緒に連れて行きたい」
「どこへ」
「岡崎城よ」
「へ? こりゃまた、どうしてだ。巫女殿」
そんな正面切って聞かれても。いろいろ未来人には事情があるんだ。
「いえ、あの、これからを考えると、その、もぞもぞと」
「もぞもぞ?」
「テンと赤ちゃんを無事に、その安全な場所に行けたら、いいなぁ〜〜〜、なんて、そんなふうに思って」
九兵衛はふいに、ガハハと笑った。「おい、うちの殿様が天下を取ったときに、ここ以外のどこが安全な場所だと言うのだ」
「まあ、その、いや、あの」
「坂本城ではダメなのか」
「ま、たぶん」
「巫女さまとして、なんらかのご宣託が降りたのか」
「そこは、それ、あの、九兵衛には言いにくい」
彼はヒゲを撫でると、あきらかに渋い顔になった。
「俺はな、アメ。長い間、織田信長を討ちたかった。家族や親類縁者を皆殺しにした、あの男にひと泡ふかせたいと思っておった。本懐は遂げた。だから、もう、なんの後腐れもない」
彼はそう言い切った。もう後腐れがないのだろう。日に焼けた黒い顔は若くはないと語っている。
九兵衛も、もう30代なかば。この時代でいえば壮年だ。
「九兵衛、相変わらず。まっすぐ男だな」
「いや、それが、なにかな、空が曇っている。そんな気分だ」
「曇っている」
「なんでもない。城のなかも、妙にみな脱力していてな」
「だから、九兵衛。テンたちを私にあずけないか」
「おそらく、テンは俺から離れんだろう」
まじめにノロけてる。
明智側はまったく理解してないけど、今、羽柴秀吉が血相変えて毛利と話し合ってて、そっから京都に向かってくるから。
それこそ、怒涛の『中国大返し』だ。
ありえない速度で、ま、簡単に言えば、210キロほどの距離を7日ほどで、それも途中では台風もきて大嵐の山中を歩ききろうと、必死になっている。
歴史はそう言っているんで、歴女としちゃ、この時の秀吉を見てみたい思いはある。
それ、ほんとなんだろうか?
事実かって、そう思ってる。
でも、今は6月はじめ、旧暦だから新暦で言えば6月末って時期。
私、蒸し暑さに弱いんで、梅雨も終わりかけの日に、エアコンもなしで、裸足に草履で立っていると、なんだかもう、すべてがどうでも良くなってくる。
「行くよ、アメ」と、オババが呼んだ。
「でもオババ」
「九兵衛、邪魔した」と、オババが笑った。「テンと仲良くな」
「行くのか」
「行く」
「そうか。達者でな」
私たちの仲間、最初の頃はもっと多くいた。
この世界に転生して足軽仲間となった女たち、ヨシにカズにハマ、それぞれ夫ができて生き延びている。
この後、彼らはどうなるのだろうか。
「でも、オババ」
「運命だ、アメ。人は、その形でしか生きられん。テンは選んだ。これ以上、どうしようもできん」
「オババ」
「我らは、我らの道を行くだけだ」
「そうですか」
「そうだ。では、九兵衛。生きろ」
「ああ、お前たちもな」
私とオババ、トミは九兵衛に別れを告げて、徳川家康がいそうな場所へと急ぐことにした。こうなったら、家康には、ぜったい生き延びてもらわなければ。そして、少なくともトミの生活を心配ないようにしたいと思った。
「さあ、家康ですよね。彼が落ち延びることができるか。これは大事な局面です」
「ああ、そうか、アメ。トミも行くよ」
「あいよ」
そうして、三人に減った私たちは坂本城から再び京都方面へと下る道を歩いた。
どれくらい、歩いただろうか。
ふと、奇妙な感覚を覚えた。
なにか後ろから追ってくる気配を感じたんだ。
いや、気のせいだろう。
トコトコトコ……。
(トコトコトコ……)
トコッ。
(トコッ)
トコトコッ。
(トコトコッ)
ぱっと後ろを振り返ると、男がひとり。
見た瞬間に編み笠を手で押さえて、顔を隠している。
「オババ」
「なんですか」
「誰かにつけられてます」
オババ、うしろをふり向こうとしたので、思わず、頬を両手でつかんだ。
「アメ!」
「ダメですって、振り向いちゃ、ダメです」
「何を話してるんだえ」と、トミまで加わった。
「いや、あの、ストーカーかも、あれ」
「すとかーって、なんや?」
ああ、そうか。戦国時代の人間にストーカーと言っても単語がわからなかった。その説明も、今はうざい。
「だから、背後からつけてくる男がひとり」
「え?」
「トミさん、だから、振り返っちゃダメ。あ、あああ、オババ、ダメだって」
(つづく)
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