第15話 母子を追って、明智のもとへ:旧暦6月3日


 とりあえず、その日は野宿した。

 その翌朝。

 テンを追って坂本城へ向かうか、無視して岡崎城へ向かうか。


 もうね、ハムレット並の煩悶はんもんだったんだ。


「そもそも、なぜ、岡崎城へ向かいたいんや」と、トミが至極当然な疑問を口にした。


 それを聞かれると困る。

 トミとテンと子ども……、なぜか守らなきゃって思っていた。たぶん、私とオババの未来に関わるじゃないかと、薄々思っている。


 そうか、そこか。


「トミ、ありがとう」

「なんや、急に」

「そもそもがね。……わかったんだ」


 だから、これは問答無用で坂本城コースだろう。


 坂本城とは織田信長に命じられて、明智光秀が築城したた水城。琵琶湖の湖畔あって、比叡山の抑えに建てられんだけど、それがね、信長殺害後に光秀が戻った場所って、なんか皮肉だよ。


 ただ、いいこともあった。坂本城に行くのに迷うことはない。水源を辿っていけば、琵琶湖に到着するからだ。


「では、選択の余地はないな」と、オババは早々に決めた。

「ないですけど、今は6月3日。本能寺の翌日。家光秀、すっごく忙しいときであります」

「ほお、なんで」

「彼、真面目でしたから」

「家光秀が?」

「いえ、明智光秀です。几帳面な男だったと」

「家光秀が?」


 いや、そう言われると、彼がね、真面目に働いてるとは思えない。また、丸投げだろうか。とすれば、九兵衛も忙しいはず。テンが坂本城に向かっても会えるのか。


 まあ、考えることはいろいろあったけど。私たちは京都の清水寺から坂本城へ向かった。


 暑かった。ムシムシと湿気が多く、歩いているだけで汗が吹き出した。


 城が見えてきたときには、雨になっていた。

 歩き疲れた身体を冷やすには恵みの雨で、城下の九兵衛の屋敷についたときは、ずぶ濡れだけど、気持ちは良かった。


 トミは案内もこわずに中へ入った。


「テン! いてはるか」


 答えはない。


「テン!」


 その声に留守居のものが出てきた。


「トミさん、おかえりやす」

「テンは?」

「奥方様はいらはりません」

「こっちにきたんか」

「はあ、でも、すぐにお出かけに」

「どこにや」

「お城のほうか思うけど、それにしても、トミさま、ずぶ濡れでお疲れのようで」

「とりあえず、なんか食べるものを」

「お待ちに」


 トミと一緒に屋敷に入って、やっと足を伸ばせた。主の来ない屋敷は埃っぽかったけど、屋根の下って嬉しかった。


「なんか普通ですね」と、オババに言った。

「そうだね。いやになるほど、普通の生活だ。本能寺のこと知らんのかな」

「本能寺ってなんや」

「トミさん、知らん方がいい」


 私たちは疲れを癒してから坂本城に向かった。

 城の正門前は厳戒体制で、以前とは緊張感が違う。

 城下に拓けた町の普通と城郭内の緊張。


「さて、どうしたものか」

「オババ、思うに簡単には城内に入れないかも」

「なぜだ」

「おそらく、下級兵士とかは、今回のことを何も知らない。自分たちが信長を討ったなんて思っていないはず。それに、信長、足軽たちに人気があるんだ。わけへだてなく、相撲を取ったりとするところがあってね。知らされたとすえば、動揺しているから」

「じゃあ、みな何も知らんのか」

「本能寺に行ったのは3000くらいだったかも。家光秀、もしかしたら、現場に行かなかったかもしれない」

「それで」

「斎藤利三あたりが、ピリピリしていて、言論統制してるはず」

「じゃ、九兵衛はどうしている」

「斎藤配下で本能寺に乗り込んだのは間違いないって思います」

「では、城郭内にテンと子どもがいるってことか」


 正門の警戒は、以前の3倍くらいの兵力。中にも入れないし、外にも出さない。そういう頑固な意思が見えたんだ。


「テンはどうしただろう」と、私は聞いた。

「あら忍びだ。子どもを抱えとっても入り込む」と、トミ。

「そして、我らは」

「ぜったい忍びじゃない」

「だな」


(つづく)


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