第14話 地上の道は迷路ではない。そこに輝く星もない。



「なにがどうして、迷路の方法となった!! 右の壁にそってゴールに到着できるのは、そこが迷路だからだ!」


 オババが怒鳴った。

 うわ、その鼻息、かっ、か弱い私はふっ飛ばされるから。


「いえ、これほど迷ってるなら、ここは迷路です!」って、でかい声で主張してみた。


 オババ、鼻から勢いよく何かを飛ばした。いや、鼻息じゃない。もっと威勢のいい、ブホンって、すごい物を飛ばしてきた!


「よお〜〜く、考えてみよ。地図をだ。未来の、現代の、地図を思い浮かべよ。例えば、新宿都庁の正面玄関から、その壁に伝って右に右にと歩いてみよ、どこに着く」

「あ、あの、え〜〜と。まさかの正面玄関!」


 オババが首を振った。


「そうだ。元に戻る。で、今から、右へ右へと歩くと、どこへつく」

「そ、それは」

「あのやね」と、トミが間に入ってきた。


「「なんだ!」」


「お前たち、怖いで。それでや、大騒ぎしてる間にテンが消えたんや」

「え?」

「テンがって、子どもは」

「いないで、いつの間にか消えた。相変わらずテンのことは、わかってるようで、わからんよってな」


「「な、なんで!」」


 テンがいない。昔から音もなく近づき、音もなく消えるのがテン。幼いころからの訓練のたまものなのだろうが。

 ふくよかになって、すっかり母親体型だったから、そんな機敏な動きが健在なんて、もうだまされた。


「いつから……」

「途中で眠った子を背負っていたんやけどな、気いついたらいなかったん」

「まさか、テン。九兵衛に会いにいったとか」


 私たちはお互いに顔を見合わせた。


「間違いない」

「だったらどこへ」

「ほら、アメ。光秀は坂本城に戻ったと言ったじゃないか。だから城に向かったんだろう」

「なんてことを。まずいよ、オババ」


 私たちは、そのとき、京都を抜け琵琶湖の近くまで歩いていた。どこかに野宿をと場所をさがしている最中だった。


 そんななか、テンが消えた。


 ともかく、この頃の明智光秀って、やっちゃった感があるんだ。

『本能寺の変』後の行動は、なんていうか、そんな大それたことをしたとは思えないほどヘタレになったというか。


 いや、違う、うん、例えば、そう、とっても生真面目であった。几帳面というか。セオリー通りというか。マニュアル好きの優等生みたいで。


 まずは皆さまに、味方になってと、お手紙を書いた。けど、ほとんど相手にされなかったけど。優等生、たいてい嫌われるから。

 その後は、公卿の吉田兼見を通じて皇室へ配慮してからの、重い腰をあげて安土城の占領を始めたのが、今から3日後の6月5日。


 おいおい、秀吉、迫っているんだからって、流れを知ってる私からみれば、とんでもなく悠長なんだ。


 でも、迫り来る秀吉軍なんて、明智の人々は知らなかった。いや、家光秀は知ってたかもしれないけど。配下の誰も、切れ者の斎藤利三さえも思いもよらなかったと思う。


 それほど、羽柴秀吉の行動は秀逸で、ここぞというスピード勝負に出てきた。


 この点を比較すると、明智光秀、かなり遅れを取っていた。

 つまり、山崎で激突する前に、すでに、いろんな意味で負けていた。


 まず、大義名分。


 人は、あんがいと建前だろうが、ここを大事にするのだ。なぜかはわからないが大義があるほうに多くの人は寄り添う。

 この後、山崎の決戦で、秀吉は、『織田信長の葬い合戦』という大きな大義名門のもと、遺児である信長の三男、織田信孝を総大将に据えて明智光秀と相対した。


 この時点で、光秀側に人に威張れる大義がなかった。


 山崎の合戦で、あっという間に負けても、これは仕方なかったろう。


 テンは、子どもをつれて、こんな非常時の明智軍にいる九兵衛のもとへ走ったのだ。取り戻さなければ、テンの未来はない。


(つづく)


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