第8話 本能寺まで後2日:愛宕山寺での攻防



「おお、息災だったか」


 家光秀、なんと白い寝巻きで愛宕山の寺でくつろいでた。

 もう、なにやってんだか。


「あの、ご存知だと思いますが」

「いや、なんのことだね」

「ここまでは順調になさってこられたようで」

「周囲の者が、なかなかによく働いているということだ」


 ちがうでしょう。もう、ちがうでしょう。

 お付きのものが控えているので声をひそめた。


「家光殿」と、耳元で囁いた。

「2日後は本能寺」

「そうであったな。苦しゅうない」

「いえ、苦しいですから」


 家光秀は優雅に微笑むと、脇息きょうそくにもたれたまま、声を大きくした。


「皆の者、行方不明であった側室ふたりが戻ってきた」


 行方不明じゃないから、あんたの家来どもに放り出されただけだから。そして、一晩、眠ったら、この時代に飛んでいたんだから。


「殿、その者どもは」と、小姓が頭を下げてる。

「なんだね」

「あまりに得体が知れず、不用心にございます。殿」


 家光秀、視線をピタリと小姓のひとりに合わせると静かに怒鳴った。

 そう、『静か』と『怒鳴った』が並列だからね。奴の声ってそういうもんなんだ。


「下がりおれ」


 相変わらず、ウムを言わせない口調は三代将軍徳川家光の貫禄。


「ハハあぁぁ」って、みんな下がっていった。



 ところで、家光秀、ろうそくの灯で見ても、前より色白になってない?

 ていうか、日焼けしてない。この3年。光秀って、信長とともに戦いに明け暮れた日々だったはず。

 それが、手元を見ても、指がきれい。


 こ、こいつは〜!!


 間違いない。働いてないから。

 きっと、家臣に丸投げしてた。そういえば、徳川家光については、そういう資料が残っている。

 家来に丸投げでうまく江戸幕府を運営していたって。


 だから、信長の不興を買ったかも?

 いや、たぶん、そう。


「徳川家光どの」と、あえて、私は本名で呼んだ。

「なんだね」

「織田信長をどう考えている」

「ああ、せわしない男だな。だが、いい男だ、嫌いじゃないぞ」

「怒鳴られましたか」

「そうだな。東照神君にお会いしたのだがね。お若い。いや、あのような時代があったとはのう。それでぼうっとしておったら、信長に怒られたわ」


 いや、あのね。東照神君って徳川家康だよね。若くてあたり前だから。


 それにもう、この他人事のような感想。

 家臣達、きっとがんばったんだろうなって思った。自ら動き回る以前の光秀からの、真逆の、よきに計らえ家光秀。事情もわからず、よく仕えたもんだ。


「家臣に怒られませんでした?」

「いや、みなよく働く。いっそ、前の光秀よりも、今のほうが良いと言われたぞ」


 おいおいおい。

 でも、本能寺まで人任せって、はっきり言って、ないから!


「本能寺にはどうするつもりですか」

「手は打ってある。斎藤利三がいやに怒っておってな、顔を潰されたとか。家老みずから、謀反をと進言してきおった」

「それで」

「任せた」


 そりゃ、だめでしょう。


「いいですか。光秀、いや家光殿。これには徳川家がつくった265年の平和がかかっているんです」


 脇息に持たれていた家光秀、身体を起こした。


「265年……、ほお。室町幕府よりも長い治世であったか。その間、平和であったのか」

「小競り合いとかありましたけど。大きな戦いはなく、平和な時代でした」


 家光秀は諦観したようにほほえんだ。


「そうか、では、仕方ないのぉ」

「なにが仕方ないのですか」

「信長だ。あれは、なかなかの人物だ。周囲の者は誰も理解しておらんようだがね」

「信長、私も好きです」

「しかし、やらねばならんな。日の本のためには」

「そうです。あなたは悪名高き明智光秀。主君を闇討ちにして、信長を英雄にした男です」

「やつは英雄か」

「後世で、日本でもっとも好かれた武将になりました。明智光秀が誅殺したからの、結果だと」

「では、行くか」


 彼は立ち上がると大声を出した。


「だれぞいるか」

「は!」

「明朝すぐに出立じゃ。準備をせい」

「は!」

「その前に、祝杯だ。酒と料理を」


 大声で命じると、光秀、ニヤリと笑った。


「さあて、今宵は楽をする最後の夜だ。飲み交わそうぞ。先の話をしてくれ、冥土のみやげじゃ。徳川幕府は、なぜ、滅びた、アメ」


(つづく)


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