第7話 本能寺まで後2日:愛宕山ルートは難し。


 九兵衛の手紙を持って、私とオババは愛宕山に登った。

 手紙という理由でもなければ、お付きの家来どもに阻まれて直接会うことはできないだろう。


 しかし、その前に登山だ。


 これが、また、きつい!

 頂上まで924m!


 光秀が登った道は尾根ルートで、現代では『明智越え』として有名になってる。そこを登った。一応、彼、ちょっと整備してたから。でもね、現代の整備と思ってもらっちゃ困る。

 現代人から見たら、すべからくレベルが低いから、道のりはきついし舗装されてないし。


 人ひとりが通れる山道で、ここを馬で登るなんて、ほんと怖いもの知らずだ。

 だって、木々の枝がおおうように茂り、周囲は鬱蒼うっそうとしてる。時々、ギャッギャッって、奇妙な何かの鳴き声も聞こえてくる。


 道も砂利とか、木の根っことか、舗装道路じゃないから。もう、わらじで歩くって、これ、なんの罰ゲームよってレベル。


 それ以上に、


「YO、YO」って、オババがラップのリズムを取り、腰ふりながら登っていく。

「疲れませんか、そんな腰ふって、歌いながらで」

「鼻歌じゃない、ヨォヨォ、ラップだぜ、YO。あたしは40、ほんとは70。こんぐらい、軽いもんだよ、YO」


 あかん、聞いた私が疲れた。

 YOって、つけりゃ、ラップというわけじゃないし。それに70歳じゃなくて76歳だから。こっちが気をぬくと、すぐサバ読むから。


「まだまだ、こっからですよ」

「ほお、ここはどの辺りだ」


 獣道に毛の生えた山道。周囲は樹木ばかりの退屈な道で、景色も見えない。


 まあ、下界より少しだけ涼しくなってるけど。そこは認めたい。


 でも、あのアンニュイ家光秀が隠れてると思うと苛立たしい。なぜ、山を降りてこない。


 5月31日だよ。

 知っているよね、奴は。明日の夜には、本能寺に向かわなきゃいけないって。

 わかってるよね。


 なのに、なに引きこもってるわけ。

 歩きにくい道で、休みなく登っても、やはり2時間以上はかかりそうだけど、当然、休みは必要だから。


 馬で駆け下りても時間が必要になる。

 今日中に、首に縄つけてでも下界におろす!


 オババはそう固く決意してた。

 だから、私は怖かった。

 恐ろしいことが起きそうな予感がした。


 アメ、予感だけは野生動物並みである。いや、むしろ人間並みのところが少ない。


 だから、恐ろしいことが起きちまった。


 ま、方向音痴な私とオババ。迷わずにつけるとは思わなんだかが。

 それにしても、ときどき、道が左右に別れ、そして、すべからく間違った道を選んだとは思わなかった。途中で明智超えの道から外れ、なぜか、道なき道を大幅に迂回して、気づいたら、反対方向から到着していた。


「なぜ」と、私は唖然とした。

「どうした」

「いえ、まともに登ってくれば、愛宕寺は左側に見えたはず」

「右側に寺が見えるが」

「たぶん」

「たぶん?」

「たぶん、山を一回りまわったのかと」

「であるか」

「いや、そこ。オババ、信長で返事してる場合じゃないです」

「ま、随分と薄暗くなってるな」

「だから、本来なら、お昼にはついてるはずが」

「もう太陽が傾きはじめてるぞ」

「この調子で、家光秀をひっぱって本能寺に行くとしたら、それは」

「それは?」

「間に合わないかも……」

「遅刻しても許されるか」

「いや、オババ。本能寺の変に遅刻するとか、それ、ありえないから!」


(つづく)


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