第5話 本能寺まで後3日:誰が信長に激オコだったのか。


 亀山城下で、私たちは九兵衛の屋敷で世話になった。

 そこには彼を甲斐甲斐かいがいしく世話する女がいて、名前をタケというムッチムチのひときわ白い肌の女がいたんだ。


「九兵衛」と、おタケが下がったあとに聞いた。

「あれは誰?」

「この屋敷を任せてる」

「ほお、それだけか」と、オババが横目で睨んだ。

「いや、まあ、あのな」


 そうだ、忘れていたよ。この男、むっちゃ女に手が早かった。足軽として数年前に一緒にいたときも、ヨシという仲間に手を出し、その後、テンと結婚した。私も襲ってきて、奴、オババにボコボコにされ痛い目にあってる。


 タケは色っぽい。九兵衛が手をつけてるなんて、もう間違いないから。時代といえば、時代かもしれないけど、現代に比べて、性のモラルにおいて全く常識が違うから。

 でもね……。


「九兵衛」と、オババが笑った。

「テンは本妻か」

「お、おう、もちろん、そうだ」

「テンは、あのおタケのことを知っているのか」


 と、瞬間、九兵衛、そこに土下座した。大きな身体を曲げて、「すまん」と謝った。


「いや、謝る相手が違う」

「ともかく、すまん。テンに知れたら命がない」


 九兵衛……。

 でも、私は知っているのだ。後世で明智三羽鴉と言われている古川九兵衛。本能寺の変まで、後3日。そして、その後、山崎の戦いで秀吉に敗けて命を落とす運命。史実には残ってないが、斎藤利三が処刑されたとき、ともに処刑されたか、戦で殺されたか。


 それまで、もう半月もない。


 むっちりだろうが、色っぽかろうが。

 楽しめ、九兵衛。時計は破滅に向かってカチコチと鳴っている。すぐそこに死神が待っている。


「それで、巫女殿はここまで何をしにきたんだ」

「世が平らかになりそうか、どうか。それを確認に」

「織田さまは、もう天下を取ったも同然だ」

「そうだね」

「あと一歩だ。ただな、少し気になることを聞いた」


 私は視線をあげた。


「どうも、織田さまが四国を分割するようだ」

「長宗我部は面白くないでしょうね」

「知っているのか」

「まあ」


 長宗我部ちょうそかべ元親は、当時、四国を平定した土佐の戦国武将で、4年前には信長から四国を平定しても良いという朱印状を得ていた。


 槍の名手として武にも優れた武将だったんだ。彼、明智光秀の家老である斎藤利三の娘を正室にしており、明智家との結びつきが強かった。


 それが、この年。

 ふいに信長の気持ちが変わった。長宗我部から四国の領地を一部取ろうと画策した。


「本能寺の変」前の信長、わがままだった。

 彼なりの展望はあったが、あまりに他人の気持ちがわかっていない。いや、わかるような性格ならば、ここまで登りつめることもできなかったろう。


 というわけで、斎藤利三、婿として懇意にしていた長宗我部に同情した。面目を潰されたと怒った。関係を踏みにじった信長に激オコだったんだ。光秀ではなく、斎藤利三が本気で怒っていた。


 マジで!


(つづく)


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