第4話 本能寺まで後3日:ただいま光秀、引きこもり中。


 明智光秀は本能寺へ向かう前、愛宕山に2日間、逗留した。

 神仏に祈り、連歌会を開催してから下山したのだ。


 てか、その愛宕山、なかなかに厳しい山で、現代でも、到達するのがほんと難しい神社として有名なんだ。


 鬱蒼うっそうとした険しい山道を2時間以上かけて登る。戦国時代の人間の足なら1時間くらいだろうか。現代でも遭難死あるような、なかなかの山なのだ。


 で、私とオババが亀山城に到着したのは30日の夕刻。

 光秀は愛宕山から戻り、準備をして、翌々日には本能寺に向かうはずだ。


 はず……。

 はず?

 はずだぁ〜!?


 光秀、いや、家光秀、いねぇ?

 亀山城にいないんだ!


「ど、どうして、いない」

「まだ、愛宕山にこもってらっしゃる」と、九兵衛は言った。


 昔の足軽仲間で上司だった古川九兵衛。

 彼はさらに出世して、テンと子どもまで作った。トミ達から亀山城下の宿所を教えられ、そこで久しぶりに出会ったのだ。

 九兵衛は嬉しそうだった。


「おお、アメか。よく訪ねて来た。坂本城からおっぽり出されて、どうしたか心配してたぞ」

「捜しもしておらんがな」

「俺は忙しいんだ。それでも、おめえ達の心配はしていたよ。ここでな」と、彼はどんどんと胸を叩いた。

「いや、そんなことよりも。明智の殿はどこにいる」

「いらっしゃるだ。相変わらず、口の利き方がなっとらん。まさに、アメだ」

「だから」

「愛宕山にこもってらっしゃるよ」

「いや、それは、しかし、でも、6月1日には」

「その日がどうしたんだ」


 思わず口が滑りそうになって閉じた。

 まさか、九兵衛に、これから本能寺に向かって、織田信長を討ちに行くなんて言えない。多分知らない。いや、知っている立場なのか?


 それにしても九兵衛、ヒゲが伸び顔に精悍さを増している。いい男になったなぁ。テンが惚れるはずだと思った。


「まあ、上がれ。休む場所もないのだろう。ここにいつまでもいて良いぞ」

「九兵衛、これからどうするのだ」

「そんなことを、教えるわけにはいかん」


 もともと、九兵衛は斎藤利三、明智家の家老職にあたる彼の下で働くことが多かった。


「そうか、もう準備は終わったか」と、オババが自然に聞いた。

「ああ、終わった」

「では、いつ出立する予定だ」

「あ……、チッ、いや、シマッタ。なんのことだ」


 九兵衛は慌てて、顔を神経質にかくと、「まいった」と呟いた。


「それで、光秀殿は」

「殿は、その、戻って来られない」

「じゃあ、誰の指示で動いてるの」

「それは斎藤利三さまだ」

「明智殿は、それでいいのか」

「ああ」と言って九兵衛は、今度は頭をかいた。

「殿は変わられた。まるで別人になられたみたいだ」


 いや、それ、まさに別人だから。

 あんのぉ、家光秀!

 やっぱ、バックレる気か。


(つづく)


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