第3話 愛宕山に向かって魔物との戦い
人は自分が死ぬとわかっていて、それでもその先の運命に進むことができるのだろうか。私には、よくわからないんだ。
できるか? と問われれば、無理じゃないかって思う。
で、その答えが、すぐそこにあった。
だって、『本能寺の変』の諸説はあるが、だいたい13日後に山の中で雑兵に討たれる運命って、今日から数えて15日で死ぬことが確定している光秀の人生ってことだよ。明智光秀いや家光秀は知ってるわけ、未来から来たんだから。
それでも、本能寺に向かって突入できるんだろうか?
あのアンニュイ家光秀は面倒だから、やめたなんて言いそうだけど。でもって、その時、私は行けと言えるんだろうか?
あなたなら、どう?
「家光秀、ここまでは頑張ってるようです」
「そうなのか、歴史は変わってないのか」
「大丈夫です。きっちり愛宕山まで行ってるから。たぶん、有名な歌を残してるはず。でも、私たちが、また、この時期に、ここへ飛んだということは」
「おそらく、この後はあのヘタレが逃げるかもしれんな」
「でも、オババさま。だからと言って、それ、止めることできますか?」
「そこか」
オババはニヤリと片頬をあげて笑った。
その顔、怖いから。
ところで、虫ってね、元気になるんだよ、この時期。
だって春だから、冬とは違うんだ。
もう、この場所には自然ばっかし。
いや、虫の宝庫。それも人間が痩せ細る戦国時代に、虫、元気。
「そこか」って、オババが得意の笑顔を見せたとき、
グニュって、足元でなにか踏んづけた。いや、見たくない。
けど、見た。
足元でバタバタしてる世紀の発見かってぐらいの大きなミミズ。もし、これが魔物じゃなきゃ、ドラクエもファイナルファンタジーも成り立たないって、そう思うほど、でっかいミミズなわけで。
いや、あっちだってね。そりゃ、迷惑だろうけど。
こっちもね、現代人だから。
裸足に草履で山道歩くなんて、無謀なことしてるわけで、そいでもって、暴れると足の皮膚に感じるわけ、デカミミズの感触が。
10秒くらい硬直してから、とりあえず20秒ほど叫んでみた。
「ぎょええええええ!」
「なにを騒いでおる」
「あ、あの、足が、足がミミズ」
私、完全に白目になってたから、でも、オババが白い目で見っから。
「行くよ」
「行けません」
「右足を出せ」
「出したら、ミミズが暴れるんです」
「向こうのほうが被害が大きいわ」
人間関係では傷つけたほうが忘れるけど、傷つけられた思いは残るって法則があるじゃない。
それって結局。傷つける方は、心が痛まないってことじゃない? でも、傷つけられた方は覚えてるよね。なんでだろうって、ときどき思う。学生時代に、明らかな悪意をもって嫌味を言ってきた、あの女、いまだに忘れてないもんね。
いや、ここはミミズだけど。
踏みつけられたほうは覚えていても、踏んだほうは覚えていない法則が当てはまらないんだ。
思いっきり、記憶に残りそうだから、このミミズ。
「オババ〜〜」って呼んだら、あの冷たい姑、すでに先を進んでる。
私は足元を見たんだ。
人間本来が持つ生存欲求に関する明智光秀に関する高尚な選択と、この右足をあげることができるかという世俗な選択。
どっちが難しいかって。
そして、私はその答えが正直、わからんかった。
そんな困難を抜け、私とオババが亀山城に到着したのは、30日の夕暮れ近くだった。
(つづく)
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