第2話 トミとテンへの宣託
私たちは琵琶湖の湖畔で繁栄する坂本城の城下町から丹波に向かっていた。
季節は旧暦の5月。
暑くもなく寒くもない。
なぜ、丹波に向かっているかと言えば、明智光秀がそこにいるからだ。史実によれば、愛宕山で彼は茶会を開催して、そこで専門家が後の世でいろんな解釈をする歌を読むはず。
『ときは今 あめが下しる 五月哉』by明智光秀
このあめを天として読むと、本能寺の変、5日前の歌だから。
天下を取ると読める。まあ、そう言われれば、そうかもしれないけど……、でもね。
「むふふふ」
「なんだ、アメ、気持ちが悪い」
「いや、オババさま。この道、前も来ましたが」
「そうなのか。どこも同じような山道だ」
「
「置いてけぼり?」
「だって、オババさま。家光秀、この時代にうまく馴染んで、なんと、すべてを滞りなくこなしてるって気がして」
「その根拠は」
「だって、丹波に行くって、つまり、もう、すべては順調だってことなんです」
「丹波が」
「そうです。丹波が」
なんだか、腹立たしかった。
自分がいなきゃ、きっと失敗するって、そう思っていた年下の
私たちは坂本城に住む昔の仲間トミとテンに会って、それで、まあ、いろいろと事はうまく運んでいると気づいたわけで。
「九兵衛殿は明智の殿とともに、愛宕に向かわれたんや」
「いつや」
「三つ前の朝や」
史実によれば、5月25日に光秀は坂本城を後にしている。とすれば、今日は28日。私たちはそのまま九兵衛の屋敷に2日逗留して、光秀一行に遅れること5日、30日の早朝に屋敷をあとにした。
今頃、光秀は織田信長から命じられた毛利攻めの戦勝祈願のため、愛宕山に登っているはずだった。
山の標高は924メートル。
5月とはいえ、1000メートル級の山頂で、やつは何を考えているんだろうか。あのアンニュイな家光が心にはいった光秀は。もうすぐ死ぬと知りながら滅亡に向かうなんて、あの、アンニュイ家光秀にできるんだろうか。
『本能寺の変』が起きるまで残り4日。
坂本城から愛宕山に向かうには、まず京都を突っ切り、だいたい33キロほどの距離だ。つまり、休みなしで歩けば8時間ほどだから。
「なあ、久しぶりに巫女の宣託を聞いて欲しい」と、屋敷を出る前にトミに伝えた。
「なんや、改まって、怖いな」
「トミさん。テンと子を連れて、いつもで逃げ出せるように荷物をまとめて欲しいんだ」
「なんやの、それ、ちいとばかし怖いで」
「私の力は知っているだろう」
トミは笑いながらも顔つきが変わった。
「屋敷のなかで金になりそうなものは、今のうちにすべて金にして、逃げ出せる準備だ。頼む」
「お、おう」
「テンもな、覚えておいてくれ」
テンは目を閉じて開いた。
「わかった」
「子どもを守れ」
ふたりは私たちが見えなくなるまで、ずっと門に立ち見送っていた。
(つづく)
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