第14話 信長にスライディング土下座してた明智光秀



 明智光秀の丹波平定は黒井城が落ちたことで、ほぼ完成してはいたが、しかし、まだ戦後処理やら、残党処理など多くの仕事が残っていた。


 この1579年当時、信長は荒木村重の謀反や大阪本願寺との長い争い続き、頭痛のタネは多かったんだ。だからこそ、丹波平定に喜びはひとしおだったと思う。光秀のもとへ現れたのは、そのこともあってだけど。

 

 実は、もう織田信長は長男の信忠に全軍を司る総師の地位を譲っていた。

 この信忠、うまれたときに「奇妙」と幼名をつけられた、あの奇妙丸が元服したのちの名で。


 荒木村重がこもる有岡城の攻防は長男の織田信忠が指揮していた。信長が亀山城に寄ったのは、息子の采配を見にいく途中で寄ったと、軽い気持ちだった。


 まあ、父親としての信長。こういうできる男が長男に全権を譲るなんて、本来はできっこない。だから、心配でしょうがないのもあっただろう。


 そういう事情で、城に来た信長にスライディング土下座した光秀。

 周囲の家臣もびっくりのパフォーマンスだったが、信長という男はなんでも奇異なものを面白がる性格で。


「おお、光秀。なにごとぞ」

「はあ、まあ、いろいろと」


 なんて言いながら徳川家光が入れ替わった外側だけは明智光秀。生まれながらの将軍様は、なんちゅうか細かいことを気にせずに立ち上がると。


「これは織田どの」って、言いやがった。


 ちが〜〜〜う。そこはお館さまだって教えたじゃない。一夜漬けの勉強、まったく身にはいってないから。


 周囲のものが、みな、ん? ってなってる。


「お館さま!」


 で、私、思わず叫んでた。

 できの悪い生徒をもつ教育ママになってた。

 そんときは、もう必死だったんだ。信長を出迎えている面々の下のほうに、あの九兵衛もいたわけさ。


 瞬間、彼も家光秀の隣で土下座した。


「これは、お館さま。お早いおつきで」

「そなたは、おお、覚えておるぞ。朝倉の逃亡をいちはやく女とともに知らせてくれた武士だな」


 信長、記憶力がいいな。

 なんて思っているとき、私とオババは家来に両腕を取られて、城の奥に連れてかれてたんだ。


「な、なにをする」


 オババがいきんだ。


「斎藤利三さまの命令じゃ、静かについてこい」


 数名の男たちに囲まれて、すごまれた。

 ま、そいうわけで、その後の光秀と信長の顚末てんまつは知らないが……、


「こっちの後始末がすんだら、光秀、丹後を頼む」と、言い残して信長は上機嫌で帰ったらしい。

 この後、「長期にわたり在陣し数々の戦果を挙げたのは比類なき功績」という感謝状が信長から送られたらしい。


 らしいってのはね、もうね、こっちも大変だったんだ。


 光秀を蹴飛ばして、スライディング土下座で信長の元に送ったオババ。

 誰も見てない。きっと見てないって、思っていたけど。


 明智家メンバー総出で見ていた!


 OH、マイガー!!


 そういうわけで、私たち、光秀が信長との会合をしている間に亀山城の裏門から、こっそり叩き出された。


「打ち首にならぬだけ、よかったと思え!」って、家来衆に言われた。


 バタンと門がしまった。

 オババとふたり、思わず顔を見合わせて立ち上がると埃を払った。


「オババ」

「アメ」

「家光秀は、ひとりで大丈夫か」

「わかりません。われらが追い出されたこと、知っているでしょうか」

「あの、アンニュイ。きっと笑って、よきにはからえって言ってるにちがいない」


 ひ、否定ができない。


(つづく)

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