第13話 大変、信長が1日、早く来た!!
信長のことを思うとき、私はいつも、ちょっとだけ悲しくなる。
特に今から3年くらいで『本能寺の変』が起きるって、彼の頑張りを知っているだけに本当にせつない。
例えばね、信長のゾウリの話だけどね。
彼の愛用するゾウリって「
冬でもハダシの後ろ足にゾウリ部分はなくて冷たい地面に直にかかとがつく。彼はそれで走っていた。
天正7年(1579年)夏。
で、機敏すぎるから。
信長、足半はいて、こっちの事情も知らずに機敏に来ちゃったんだよ、予定よりも1日早く。
「お館さまが」と、もうね、城内のうちうちでは大騒ぎで、みな怖い反面、好奇心いっぱいちゅうか。近隣の領民たちも魔王信長を見ようと集まってた。
私とオババは
イケメン揃いの
もう、本当にかっこいい。
一糸乱れず整列して馬に乗って大手門から入ってきたんだ。
「おお、あれが信長か」
背後から男の声がした。私とオババ以外にも誰かいるんだと思いながら返事をした。
「うん、そう」
「ここから見ても、いい男だな」
それにしても、誰よ。こんなとこで話しかけるのは、ここは滅多に人が入れない天守閣なんだから。
私は顔を横にむけた。そこには、面白そうに下をみる光秀が、いや、家光が、てか……。
え? ぇええ?
家光秀、なんでここにいる。
天守閣の欄干から見てるって、ちがうっしょ。
城の入り口で信長を迎えなきゃいかんだろう。
あまりに驚いて、私、もうびっくりを通り越して、一瞬、言葉を失った。
「なんでここに」
「いや、どんな男かちょっと興味があってな」
「興味じゃない、出迎えは!」
「家老たちが行っておろう」
「ていうか、あなたが先頭で待たねば」
「ほお」
「ほおじゃない」
青ざめてオババを見た。なんのために光秀になる練習をしたのか、この男、根本をわかってない。
「オババ!」
「おう!」
「走って!」
嫁と姑、こういうときの呼吸はすごいから。むっちゃコンビネーション合ってるから。合いたいわけじゃないけど、強引に合わせっから。
私たち、とっさに家光秀の腕を左右で持って走った。もう、必死で走った。
この時代に入れ替わった数日で光秀が手打ちって、それ取り返しがつかない。
階段をダダダっと降り広廊下を走って行くと、以前、平吾と呼ばれた近侍者と出くわした。
「殿!」
「おう、どうした」
「斎藤さま以下、皆さまが殿を探しております」って、平吾も一緒になって走っている。
この非常事態を気づいてないの、たぶん、殿だけ。
信長が門から入ってきたとき、光秀がいないことに気づいた家老たち、きっと青ざめたよね。
夜に奥座敷でさんざん教育して、家臣としての勤めを三日坊主じゃない一日坊主で教え込んだ私たち。でもって、がんばった結果、なんで優雅に天守閣の
この男は〜〜〜!!
って、今はともかく信長が到着する前につかねば。
「お館さまは今どのあたりに、平吾」
「は! アメの方さま、いまは、おそらく東41くらいかと」
「それどこ」
「本丸まえの門近く」
「もう、すぐじゃない」
私たちはダッシュで再び階段を駆け下りた。
もう心臓ばくばくで、途中で誰かが転んだら大怪我しそうな勢いで、もうね、着物だからなんて、言っておれない。
あの、この時代、下着はない。
余計なこと、ちらって思ったけど、ま、今は手打ちになる前につかねば。で、気づいたら、私とオババ、手を引かれていた。
家光秀、足が早い!
す、すげえ。
ていうか、私たちを引っ張る理由ってあんの?
非常事態に、そういう冷静さないから。
3人で家光秀を頂点に三角形で走ってた。
とにかく、3人と平吾、走った。むっちゃ走った。
走った先に正門玄関口が見えて来たときはね…
「は、は、は、へ、へい」と、私は息が切れて言葉になってない。
「あ、あそこ」って平吾。
家老や家臣たち全員が並ぶ後ろ姿が見える。
私もオババも息を切らして、はあはあ言っているところ、ふっと家光秀を見た。
着物は乱れ、髪も乱れて、もう、最悪な格好なわけ……
「オババぁ! この姿」
「おっし、最後の手段だ!」
「おう! スライディング土下座でごまかそう!」
「な、なんじゃ、それは」
「説明してる時間はない!」
「行くぞ!」ってオババ。
「は!」って私。
で、私とオババ、最後の力を振り絞った。
眼前では信長が凛々しい姿で正面まで来ていた。
「せいの!」
ふたりで家光秀の前に出て、その勢いで彼の手を振り子のように後ろから前へと放り出した。そして、オババ、その背中に
ど〜〜んと空中にすっ飛んだ家光秀。
信長の前で完璧なスライディング土下座してた!
よっしゃあ。土下座してたら服乱れても、変じゃないから、これで!
え? そっちか、そっちでいいのか!
(つづく)
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