第12話 信長がくるってよ
織田信長がくる。
私もオババも目が点になった。
明智光秀が本物ならいいよ。でも、ここにいるのは数日前に意識が入れ替わったばかりの徳川家光。そう、俺さま将軍さまだから。アンニュイ決めてるから。昔の光秀だと思ったら、信長、とんでもなくびっくりする。
いや、まだ、早い。ぜったい二人が直に会うのは早すぎる。
だってね、かっこいいけどヤンキーで、自分の目指す道をまっすぐの自由な信長と偉大な祖父と父親に頭を抑えられ、生まれた時から将軍となる定めを持った徳川家光じゃあ、もう、水と油ちゅうか。
ふたりとも
とにかく織田信長は、
一方の家光は、よきにはからえ型トップ。
家臣からの意見を吸い上げ、彼らが自由に働くのを助けるタイプ。会社が軌道に乗った時代には、こういう人が力を発揮すると、まあ、同じトップでも全くタイプが違うんだ。
だからね、この、よきにはからえが下について動くって、そりゃ、もう、私からみたら、ぜったい無理なわけで。
でも、この時期に信長に
どないするねん。
そんな思いのまま。私とオババは家光と光秀を合体させた家光秀に教育的指導をすることにした。
夜になって奥座敷にこもって3人、私とオババと家光秀はすべての人を遠ざけて、のんびりと料理に舌鼓。
いや、ちが〜〜〜う!
信長に会う練習をしたんだ。
「私が信長役だ」って、オババが言った。
「ほほう、会ったことがあるのか」
「大河ドラマで見てますからね」
「なんだね、それは」
「オババ、そこ説明してたら、もう信長が来る日まで間に合わない」
「そう、そうだな。ともかく、偉そうな男の役をすればいいんだろう」
オババ、座敷の奥に行き、そこからどしどしと入ってきた。それを家光秀、おおらかに眺めている。
「光秀!」と、オババが言った。
「ご苦労」と、家光秀。
私は仰天した。言うにことかいて、信長に「ご苦労」って!
「こ、こら! 違う! あなたは下なんだ。家臣の一人だから。信長にむかって、ねぎらってどうすんの」
「そうだったな。では、
「ちがう! あなたが、あげるのよ。信長に『面をあげよ』って言ったら、その場で首がなくなるからね」
「ほお、せっかちな男だ」
「せっかちです。イラチです。ともかく、彼がなにか言うまで、頭を下げてください」
「そのような事をしたことがない」
アンニュイに彼は笑った。これはもう、どうしていいかわからなくなる。想像の上をいく殿様なんだ。
だって、彼、平伏したが、どうもぎこちない。なんて言うの、はじめてのお使いじゃない、はじめてのお辞儀?
なんせ、そんな経験なんてなかったんだ家光秀には。
身分的に彼より上なんて天皇さまだけど、当時の天皇家は落ちぶれ果てて、それこそ向こうから助けを求めてきている。
家光は絶対君主として世に君臨していた。
だから、絶対君主、お辞儀の仕方、知らねぇ〜〜。
頭を下げるって幼稚園生でもできそうな単純な動作ができねぇ。
いっそ、信長、ここを通りすぎて、まっすぐ謀反を起こした荒木村重の城に行ってくれんか。
その方がよほど平和だって思ったよ。
その夜は酒を飲みながら、お辞儀の仕方から練習に入った。
で、この生徒、ほんとバカ。
すぐサボって、別の話になってる。
例えばさ、
「伊達の父上を思い出すな」
「伊達って、伊達政宗のことですか」
「ああ、そうだ。余にとっては」
「私です」
「アメ、きびしいな。私にとっては政宗は父親のようなものでな。しかし、酒にはすぐ飲まれる。勝手に酒宴から帰ったことがあってね。みなの手前、それを許しては示しがつかん」
家光は最高権力者だ。その御前から許しもえずに帰るなど取り返しのつかない失態なんだ。
「今、政宗は13歳くらいです」
「ほお、あの
「まだ少年で、たしか最初の妻を得たところかと」
「会ってみたいものだ」
「それは難しいでしょうね。米沢」
「ヨネザワ?」
「ものすごく遠くにいますから」
「まあ、そういうことだな」
家光の顔に陰りが見えた。
「もう、無駄話してる場合じゃないです。すぐ信長が迫っています」
「ああ、そうだ。歴史を変えてはまずい」
「がんばりましょう。家光どの」
出来の悪い息子に勉強を教える教育ママの境地だった。
(つづく)
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