第11話 妻子よりも金が大事な胸くそワル男!
「お館さまが参られる!」
この一報に亀山城内は色めきだった。織田信長が亀山城にくるって、それだけで、もう上から下まで、どう
それこそ、ひっくりかえるような状況だ。
明智光秀いや徳川家光、だから家光秀なんて心の中で読んでるけど、彼、それを聞いても、ふっと笑っただけでカヤの外にいた。
私もオババと微妙な側女という地位だが、貧農の出だから侍女に近い。大名の父親という後ろ盾もなく、もっぱら掃除にって。いや、この当時はまだ江戸時代の大奥のようなシステムはなく、正妻も働くのが普通だったけど。
で、私は渡り廊下の雑巾掛けしていたら、九兵衛に出くわしたんだ。
「おお、アメ、ちょっと」と、彼が肩を叩いた。
「忙しい」
暑いなか、廊下をどんどん走って雑巾がけって、これ、きついから機嫌がよくなかった。
それにオババが雑巾の絞り方を教えてくるしで、ほんとウザいんだ!
現代じゃなあ、ロボットが雑巾かけてくれるし、でも、あのかけ方じゃあ、ロボットもオババからの教育的超きびしい指導が入りそうだけど。
さて九兵衛だ。
「明智さまはどうなんだ」と、顎をさすっていた。
「どうって?」
「いや、不思議だと思ってな。お館さまが来られるとなれば、昔なら細かいほど全てに指示をだされるはずだ。帰りに持たせる土産の一つ一つにもな」
まあ、そうだろう。光秀にとっちゃ信長に取り立てられるため必死であったろう。だが、今は第3代将軍と意識が入れ替わっている。奴、根っからの将軍だから。信長? それは家臣の一人かってくらいの気持ちなんだよ。
まずい状況でしょ。私は九兵衛に答える言葉がない。黙っていると……
「まあ、あんたに聞いても無駄だな。それとは別に、アメよ、妙な噂を聞いた」
「どんな噂?」
「明智殿は
「いや、あの、それは、なんちゅうか」
「まあ、良い。アメの立場でそこまで奥のことはわからないだろう。が、調べておいてくれないか」
「え?」
「側室のことだ」
「……」
「ところで、オババと二人で、この城でなにをしておるんだ」
「なんやかや、仕事があって雇われた」
「そうか、食っていける道ができたのか。それはよかったぞ。まあ、家にいてもらっても良いがな。トミが寂しがってるぞ」
私は笑った。
九兵衛も笑った。
それで、顔に張り付いた笑い顔のまま手をふって、「忙しい」と雑巾がけに戻った。
「いつ戻って来る」と、九兵衛が叫んだ。
「そのうちに……、また今度な」
天正7年(1579年)明智の郎等にとっては悲願の丹波平定がなり喜ばしい夏になった。
が、信長にとっては、良い年とは言い難い。物事がすべて複雑にからまわり、結果として、この年、彼は多くの人間を虐殺することになる。それも女や子どもを含む非戦闘員を大量に焼き殺した。ことの原因は
信長は彼の謀反には死ぬほど驚いたらしい。
これは、のちの光秀の謀反の
荒木はその有能さで、信長に気に入られたんだ。
この外面的な性格も光秀と似ている。
また、ふたりとも外様であった。
つまり、信長の古くからの家臣ではなく付き合いは短い。
信長は超実力主義。古くからの
荒木村重がどういう男かは、よくわからない。
ただ、その行動から外面的にはコミュニケーションのうまい、目から鼻に抜けるクレバーな男であったことは間違いない。彼の
信長にとっては、できる部下。明智光秀と同じタイプの男だ。
ただ、光秀と村重には、ひとつだけ大きな違いがあった。それは大きなというには余りに人間的な、あまりに辛い違いと結果とは言えるんだけど。
明智光秀は妻や家臣、領民を非常に大切にした。
丹波地方には
一方の荒木だ。彼は信長に謀反して、最終的に自分の城にこもった。もう勝てる見込みはないのに、それでも
人間というものは、最悪の状況でその真実の人間性が問われる。
なんと、彼は5人ほどの供とともに、妻子や家臣を捨てて夜逃げしたのだ。
もう一度、書いておく。
夜の闇に隠れて、家臣や妻や子供、
それも、高価な茶釜と笛など金になるものを腰にくくって、惨めな姿で逃げ延びたんだ。
胸くそが悪すぎて、ほんと腹が立ってくる。
その後、逃亡先にいた村重に信長は新たな講和条件も示した。しかし、それを拒否したために、結果として城に残った妻や側女に至る関係者全員が処刑になったんだ。身分の高い妻たちは
そして、逃げのびた荒木といえば、信長が討たれた「本能寺の変」ののちも生き延びるという、さらなる胸くそ結果なんだ。
ううう、腹たつわぁ!
さて、信長が来ると亀山城に連絡がきて私たちが大騒ぎしていた頃、荒木村重はまだ有岡城に
(つづく)
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