第10話 会議は踊る
座敷の一段高い畳の背後に光秀の指示で
「そこに隠れて聞いておれ」
オレ様・明智光秀いや徳川家光、私とオババに指示したんだよ。
しかし、このまま彼に任せて歴史が修正されてはまずいって思う。それにじっと隠れているなんて、私以上にオババは苦手で。だから、なにか言おうとオババが片膝ついたとき、それを察してか光秀が命令した。
「静かにしておれ」
お、オババに命令した。
それは怖いぞって、振り返るとオババが黙ったんだ。
家光いや光秀で、いや光秀の体を借りた家光。ええい、ややこしい。ともかく、誰をも従わせるリーダータイプのオババを一声で抑えた。
あっぱれというか、あとが怖いというか。
だから、私たちが背後で息を潜ませると、彼はいい子だという表情で微笑んだ。
それから、おもむろに脇息に
「平吾」
「は!」
「よい、皆をここへ連れて参れ」
「は!」
声をかけてから、光秀、なんと部屋を出て行ったんだ。
え? 逃げるの?
なんで?
しーんとした広間に残された私とオババのツーショット。
私は衝立の影でオババと目を合わせた。
しばらくして、ドンドンという足音が廊下から響いてきた。
襖が開かれ、多くの人間が大声で話しながら座敷に入ってきたんだ。
家臣たちは真ん中を開けて左右に腰をおろした。
みな、戦勝に湧きたっていた。
九兵衛は?
あ、いた。
かなり後ろのほうだが隣の誰かと話している。
いい加減、待たされていると、誰ともなく「殿はどうした」という不安が高まった。
左側の襖が開いた。
全員が平伏した。
光秀は足音も立てずに、静かに入ってきた。そして、いつものスタイル。
明智家の筆頭家老である斎藤利三を先頭に、アンニュイ光秀の前で全員が平伏している。
「
なんとも気ののらない声で光秀は言った。
「殿、祝着にございます」
「
全員が頭を下げ、衝立の隙間からのぞいていると感涙している者までいる。
わかる、わかるよ。
一度は諦めて、でも、頑張ったんだ。丹波地方の平定に4年もかかったんだから。仲間も失った。そりゃ、感きわまって泣けるよね。
「良き」
光秀、脇息に持たれ、いつものアンニュイな態度で一言。
え?
光秀〜〜! 言ったでしょ。あんたは光秀、将軍様じゃないから。そこは、「ご苦労であった」とか
家臣、ホメよ。
私は小声で
「
「苦しゅうない。楽にせよ」
それがあんたの最高のホメ言葉か!
「して、殿、赤井忠家はいかがいたしますか」
こう発言したのは
「そのほうの考えは」
「城から落ち延びて、今は
光秀、何も言わない。
おい!
秀満の表情から推察するに、昔の光秀なら、あっという間に答えが飛んできたであろう。なにせ、「一つ なになに」「一つ なになに」と常に順番をつけて話したと彼については歴史資料に残っている。
秀満、しばらくの沈黙に耐えた、耐え切ったのちに続けた。
「赤鬼が亡くなったいま、もうかつての力もなく。このまま放っておいてよろしいかもと」
「そのように」
「は!」
「次は斎藤利三どの」
近侍者が告げた。筆頭家老からはじまるってわけね。
「黒井城の城主はいかがいたしましょうか」
光秀、また、だんまり戦術。
「黒井城は修復後、誰かを城主にとかんがえますが」と、利三。
「ここは明智家の褒賞として、織田信長さまに具申したきところで」
「ん、よきにはからえ」
歴史上では、この城が明智に与えられ、結果として斎藤利三が城主になる。
こうして、会議は延々と続いた。
黒井城の現状からはじまって、各々の手柄報告をね、もう延々と聞いた。私だって最初は必死になっていたよ。ここは歴史の転換期だ、がんばれアメ! いや光秀って、勢いでがんばった。でもね、衝立の影で聞いていても疲れるだけで。
オババったら、途中で寝てしまった。
そして、家光いや光秀。
なんと、すべては「その方の考えは」「よきにはからえ」「褒美をとらす」の3つで終わらせた。
おい、「めし、風呂、寝る」の昭和の亭主関白じゃないんだから。他の言葉を知らんのか。
おい………
………、
「…起きよ」
「わ…、わたしを、わ…たしの眠りを…、じゃまするな…くぅぅう」
「起きよ!」
私は、肩をゆすられ、はっとして目覚めた。
気がつくと、私を覗き込んでいる男がいた。
誰よ、この私を起こすとは、いいか、昔から寝起きは最悪だ。
父には「家ではパジャマしかないのか」と言わしめた、寝ること命の私を、わ、わたしを……、
このイケメン、誰?
誰って、光秀じゃん。
なんで、起こされてるの?
「ヨダレがついておるぞ」
私はあわてて口元のヨダレを拭った。
「あ、あの」
「終わったぞ、みな、戻った」
「それで首尾は」
「首尾とは」
「無事に?」
「背後から聞こえてくるイビキで、ひやひやした」
「そんな、イビキなんてかきません」
光秀は優雅に笑った。
「そちの隣も起こしておけ、余ではない私は奥に行く」
「え?」
隣をみるとオババも熟睡していた。
(つづく)
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