第9章 光秀と側女たち


 まあ、そんなこんなで、暑さが厳しい日に奥座敷で光秀とオババと私と、車座ですわっていたんだ。額をつきあわせて、相談した。


「最初に申し上げておきますが」と、私は光秀(家光)に宣言した。

「側女になりますが、アレはなしです」

「アレとは」

「夜のあれやこれや、今はそこ、問題にしないで、私が側女になるという理由を説明しますから」

「それは残念だな」


 ちっとも残念そうではない口調で光秀は笑った。こいつ、間違いなくモテる。


「今は火急のときです。笑っている場面じゃなくて、このままでは、私たち全員がこの世から消えるかもしれない場面なんです」

「ほお」

「あなたは光秀となったんですから、その使命をなんとかしてもらわねば」


 光秀のやつ、鼻でふんって言った。こいつは……!


「本来の光秀とあまりに違うってことわかっていますか? 光秀はそもそも身分が低い家の出です。生まれながらの将軍で多くの下女や下男に世話をされてないんです」

「それが問題か」

「問題も問題、大問題。光秀軍は混合軍隊で、自身の古くからの子飼いの家来といえば、数名しかいない。そんな雑多な彼らをまとめ上げねばならないのに、その上から目線のどうでもいいって態度では、家臣はついてきません」

「ついてくる」

「いや、きません、その根拠のない自信はどちらから」

「徳川幕府をなんとかしてきたのだよ、これでも」

「誰が」

「家臣だ」


 うわ、素直というか、もう人任せ認定だ。間違いない。こいつは自分で動くことなど考えてもない。


「あなたが家臣なんです」

「ほお」

「織田信長を知っていますか」

「ああ、美濃みのの一大名のことか、わが祖父の同盟者だな」

「いえ、この場合、家康も家臣に近いです」

「神君家康を、そのように呼ぶ者ははじめてだよ」


 すこしは怒れ! 張り合いがない。家光が3代将軍になれたのは祖父の力添えがあったからで、彼が生きた時代には徳川家康は神のような存在だった。


「では、余にできぬと」

「そこです。まず、余はやめたほうがよろしいかと」と、私はイラついていた。

「余を余と呼んで、なにが悪かろう。これでも光秀に気をつかって使っておろうが。本来なら余とも言わぬぞ」


 室町時代から江戸時代まで、殿様は一人称を使わないのが普通だった。


 殿は大名の頂点でとことわる必要などない。自分のしたいことは自分以外しかなく、他人をおもんばかる必要もない。だから一人称を使わなかったのだ。出てくる言葉はすべて自分の命令しかない。


 ああ、ふと思ったよ。そんな立場になってみたいって。

 いやね、専業主婦、会社のヒラ職員の立場が永遠に続くってことだから。子どもも大きくなると偉そうになるし。たぶん、孫でもできたらそれこそ使い走りだ。


 元の明智光秀は私と同じような立場だ。彼の出自はわかってない。ただ人をあごで使う高貴な身分の生まれでないことは確かだ。


「あなたは明智光秀なんです。彼は自分をそう呼んでいなかった。もうすでに家臣の方々はあなたを危ぶんでる」

「なぜ、わかる」

「巫女ですから」

「ほお、未来人は心も読めるのか」


 私は首を振った。


「つまり、そなたは側女の待遇で余に」

「違う!」

「我に」

「違う!」

「己に!」

「さらに酷い!」

「身共に」

「遊んでますか? 普通に私と言ってください」

「よかろう」

「では」

「私の側女になって、時代を牛耳ろうというのだな」


 いや、そんな大げさな…、いや、大げさなことかもしれない。私は助けを求めてオババを見た。


「光秀殿」と、オババは言った。

「歴史が変われば、つまり、将来だが、徳川家が天下を取れない未来もあるということだ」

「それはまずいな」

「あなたも生まれません」

「それはかまわぬ」

「なんと申された」


 光秀は視線を外すと、外を見て、ふっと笑った。その顔はうれいに満ちていた。


「わかった。そなたらは、側に仕えよ」


 こうして、嫁と姑が、なんと光秀の側女として生きていくことになった。

 これで、なにがいいって?


 役得をみつけちゃったんだ、食事だよ。食事!!

 大名や上の家臣たち、庶民とは別格の食事をしていた。


(つづく)

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