第8話 嫁と姑が同じ男の愛人に?


 嫁と姑が同じ男の愛人になる。

 光秀の側女そばめになるって、そういう意味だよね。私が間違ってなけりゃ、誤解してなければ。


 ありえんから! ナシナシの絶対ナシだからね!

 で、闘争本能に火がついた。


 戦国時代に亀山城の渡り廊下で戦いが勃発ぼっぱつした。


 嫁 VS 姑の争い。そこには、負けられない戦いがある。


「オババさま、これは遊びではありません」

「アメよ」と、オババは皮肉に口をゆがめた。

「光秀は何歳だ」

「いまは天正7年ですから、51歳」

「光秀と入れ替わったとき、家光は何歳だ」

「亡くなる直前と言っていたので、47歳くらい」

「そして、この私はいくつだ」

「76歳!」


 ふふふ、現実を見よ。このラップ好きしゅうとめが。


「愚か者、それは現代の話だ。今はどう見ても40歳前後、ヤレる!」


 オババ、光秀をレ●プする勢いで言った。

 ヤレるって、ヤレるって、想像したくもないわ!!


「あ、あの…」


 ヤレる勢いに私は次の言葉を失ったんだ。そして、その隙をつかれた。

 オババ、横をすり抜けると、あっという間にふすまを開けたのだ。廊下で守る、控えの近侍者をものともせずに、いきなり、バンと開けた。


 そこには、優雅にアンニュイしている光秀、もとい、家光がたたずんでいる。どんな突発事項が起きても驚かない、そんな男を前に、オババ、ふっと笑った。


「♫ヨーヨー、い・え・み・つ! ヨー」

 

 え?


 誰よりも驚いたのは私だ。だって、オババ、両手を前にして親指を回してる。それに腰も振ってる。この先の惨状さんじょうを知ってるの私だけだからね。


 優雅なイケメンを前にラップはじめる気なんだ。

 だが、これで側女の線は消えたな。


 ま、ラグビー選手がするハカダンスじゃないだけマシか。いや、そこじゃない。問題にするのは、その二つじゃない。


 頭が混乱して、ひとつの言葉しか思い浮かばなかった。


 まじか! まじですか!! 本気と書いてマジと読んでいいですか!!


 オババ、顎をあげてラップをはじめた。


「ヨーヨー、私を誰ときいとくれ〜。オババと言って熟女の魅力〜。未来と書いて明日と読むぅ〜〜、だけどこれじゃあ、未来は消えるぅ〜、世界は混沌。家光、混乱〜。だから、私が側女そばめ〜。愛人と書いて、側女そばめと読む。側女、そばめ、そっそっ、側女〜。オ、イェ~」


 誰が知ってるんだよ。オ、イェ~じゃないんだよ。


 光秀、硬直している。さすがに言葉を失っている。廊下に控えた近侍者も、全員が固まっている。


 私は様子を伺った。

 どうすることもできずにいた。


 ただ、胸のなかで、一つの言葉が渦巻うずまいただけだ。


 負けた!


 光秀(家光)は私をみて、眉をあげ、オババに視線を移した。


「おもしろいオナゴじゃな」と、飲んでいた茶を吹き出した。

「そなた、側女になるつもりか」

「殿!」


 その声に我にかえって近侍者が言った。


「この者、すぐに連れ出します。ごめん!」


 襖の左右に控えていたふたりは立ち上がって、オババの元へススっと近寄った。腕を取ろうとした瞬間。


「無礼者!」


 オババが一喝いっかつしたんだ。


「よいよい」と、光秀が間に入った。

「その方ら、控えておれ、この者と話がしたい」

「しかし、殿」

「控えよ。そして、アメ、いつまでもぼうとしておらずに、中にはいれ」


 私は、はっとして座敷に入った。


ふすまをしめよ」

「しかし、殿」と、近侍者は食い下がった。

「斎藤利三さまから、殿を軍議にお連れするように申しつかっております」

「丹波平定はなったと、先ほど聞いたが」

「その通りでござりまする」

「では、急ぐことはなかろう」

「しかし」

「わかった、しばし、待て。この者たちと話す。軍議は一刻のちじゃ」

「殿」

「斎藤とやらに、伝えよ。軍議は一刻のちと」

「は!」


 近侍者は襖を閉めた。


「で、アメ。余に言いたいことがありそうじゃな」


 光秀が優雅に微笑んでいた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る