第6話 光秀とオババの威嚇


 明智光秀に徳川家光の意識が入れ替わってたと!?


 カオス通り越して宇宙を一巡してからの地球に戻ってきた気分だ私。何事が起きている。徳川将軍様が、どうして光秀の体に。でも、その将軍さま、なかなかに魅力的なんであります。


 欄干らんかんから、まだ建設途中の城下をながめ、うっすらと眺めながら、やつはこう言った。


「そなた、ここで暮らせ」

「いや、それは」

「オババとやらも呼んでもよいぞ」


 いや、いっそオババなしでも。

 なんてことを考えていたら、ふすまの向こう側から声がした。


「殿!」

「なにごとだ」

「火急の要件が」

「申せ」


 ふすまが開いた。


「城門に奇妙な女が参っており、アメという者を返せと騒いでおります」

「ほお」と、彼は私を見た。


 あっちゃー、オババだ。


「門番に命じて追い払うつもりでありましたが、古川九兵衛殿が、いや、殿に取り次げと申されまして」


 あんの、九兵衛、余計なことを。


「どんな女だ」

「それが、奇声を発して妙な踊りを舞っております」


 オババ〜〜〜!

 まさか、また威嚇してんのか。

 門番にまさかのラグビー選手が試合前に踊る、ハカダンス、ひとりで披露しているのか。


 光秀が未来人をアホだと思うぞ。全21世紀人代表として恥ずかしい。

 ごめんな、みんな。

 現代に生きる人間がみなハカダンスを踊るって戦国時代で誤解させてるから。すべて、うちの姑が悪い!


 歴史というものはねじ曲げられるんだ。

 たった一人のお馬鹿のために。

 21世紀の人間はハカダンスを踊るって。


 私は欄干らんかんから乗り出して、城門の方角を見た。

 それはちょうど、左側にかすかに見え、門に数名の人間が集まっているのが伺える。あのなかにオババが。


「アメよ」

「はい」

「その女は知っておろうな」

「まあ、知っているような」と、曖昧に答えた。

「例のそなたの姑か」


 いや、確証はないけどね。門前で踊っているなら、で、一応、確認をしてみた。いやね、過去に働いていた経験から『ホウレンソウ』だ。

 報告と連絡と相談で、これでビジネスはうまくって、いや、そうじゃない。


 なに報告すんの、連絡すんの、相談? これは大事かも。


「あの、その、姑とお会いになるおつもりで」

「そのつもりだ」

「ご覚悟はおありでしょうか?」

「なんだ。怖いのか」


 いや、そういう問題じゃあないけど。


「興味がわいた。その者を、ここへつれてまいれ」


 光秀、忖度じゃ。知っているようなって言ったろう。

 だって、私、オババにいて欲しいような、いて欲しくないような微妙な感情が湧くんだよ、いつも。


 ちょっとさ、この光秀。女に興味などない態度が胸に直球ストライクでドキュンなわけなんだ。秘密の話だよ。


 でも徳川家光といえば、若い頃、男にしか興味を持たなかった。乳母にあたる春日の局が彼に子どもを産ませるに苦労したって逸話が残っているくらいだ。


「しかし、殿」

「よい」

「は」


 片膝をついた近侍者が襖をしめ、足早に廊下を去っていく足音がした。


「どうした、アメ。その奇妙な女、例のオババという姑であろう」

「間違いなく」

「浮かない顔をしているな」

「いえ、まさか。え、あの。お願いが」

「なんじゃ」

「オババと聞いて私が喜んでいたと。浮かない顔など決しておっしゃらないようにしてください」

「ほほう、余がいうとでも思うたか」

「はい」


 この男はこれまでの人生で忖度などなしで生きたのは間違いない。


 徳川家光は将軍になったときに戦国時代を生き抜いた海千山千の諸大名の前で啖呵たんかを切ったことでも有名だ。


『祖父と父は、あなた方の協力によって将軍になった。しかし、余は生まれながらの将軍である』と初演説で言い切った。


 たとえ海音寺潮五郎氏が人任せ将軍と書いたとしても、なかなかに人物なのだ。


 ほかにも、こんな名言がある。


『すべての人間にめられるというのは、単なる八方美人であって、自分を持っていない証拠だ。こんな人間は役には立たない。余はそうした人間を使わない』


 人任せの家光と有能な彼、いったい本物の家光はどちらで、どういう人物が光秀の体を借りているのだろうか。


 人は複雑なんだ。言っている言葉を自分でさえ信じてないこともある。まして、将軍として弟との権力争いに勝ったうえで、諸大名の力を削ぎ、国家権力を一つにまとめあげた男だ。彼が苦労したのは事実だった。


 問題は徳川家光が明智光秀の立場で、あのトップダウン型の信長の下でやっていけるのか、うん、私はとてつもなく不安を感じていた。


(つづく)

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