第3話 アンニュイな光秀って、何者?


 脇息きょうそくに優雅にもたれた光秀は九兵衛から視線をずらして私を見た。


「そなたは」

「私ですか」

「そうだ」

「アメと言います」

「斎藤よ」

「はっ」

「このオナゴか、そなたが申していた者は」

拙者せっしゃではなく、九兵衛から聞いております。この者が役に立つ巫女みこだという話ですが…」


 斎藤利三が気真面目に説明するなか、光秀はなぜか寂しげに笑った。世捨て人のような態度なんて光秀とは相容れないと思う。ま、私が彼を知ってるかっていえば、全く知らないけど。なにせ、6年前にチラ見しただけだから。


 まあ、私はどうせ二日酔いの貧しい庶民の女ですって…


「巫女と申すか」

「九兵衛、殿にご説明を」

「斎藤さまのおおせの通りで、このオナゴは不思議な力を持っております。明日がわかるようです」

「占いのたぐいと申すか」

「そうとも言えますが、占いは外れることがあります。この者の占いに外れはございません」

「ほお」


 おいおい、お前たち。私は、ここにいる。

 本人を無視して、まるで品定めするような態度、ちと傷つくから。それに、そういうのモラハラだし、現代なら裁判所案件にしてもいいんだからね。


 だいたいが今日は、めっちゃ体調が悪いから、軽くイラっとしてっから。


 で、私、文句をつけようと九兵衛を見た。そして、視線を動かして斎藤から、再び九兵衛に。


 そこで気づいてしまったんだ。奇妙なんだよ。ふたりの様子が変なんだ。


 斎藤利三は初対面だが、九兵衛のことはよく知っている。やつ、ひどく居心地が悪そうに見えた。


 いや、居心地が悪いというより戸惑っているが近い。

 何に戸惑っているのだ、九兵衛。


 声をかけようとしたとき、視線を感じた。視線の方向には光秀がいた。


 彼は私たちの様子を興味深そうに眺めながらも、心がここにない。まるで他人ごとのように、すべてを上から俯瞰ふかんしているようだった。


 なんて美しいんだ。

 いや、そこじゃない。今、そこじゃない。


 いったい、この男は…。


「ほお」と、光秀は目を細めた。

「アメとやら、では、問おう。余は誰ぞ」

「殿、なにをお聞きになって」と、斎藤が問いただした。


 光秀って自分を“余”というのか? いや、信長だって、そうは言わなかった。私が6年前に出会った信長も、こんな言葉遣いをしなかった。


「そなたには聞いておらん。この巫女とやらに聞いておる。返答によっては困ったことになろう、巫女よ」

惟任日向守これとうひゅうがのかみ光秀殿」


 惟任これとうは明智の別姓であり、織田信長から新たに与えられたばかり。この氏を得て重臣のひとりとして取り立てられたんだ。


 だから、まちがってないけど、

 私の答えにね。光秀ったら、むっちゃ失礼。興味なさそうに目を閉じたんだ。


「つまらぬ答えだな、巫女とかいう女。もうよい、下がれ」


 現代に伝わっている明智光秀には謎が多い。とくに前半生は史料に出てこない。逆にいえば、それほど身分が低かったとも想像できるわけで。


 当時に書かれた資料『太田牛一旧記』には、朝倉家での明智光秀については「奉公候ても無別条一僕の身上にて」であったと記述が残っている。つまり、光秀は当時、従者1人だけの足軽レベル。低い身分ってことだ。


 それが、この王様のような態度。

 いや、現代ならツンデレっていうの? 全くデレてないけど。


「では、お聞きいたしたい」

「許そう」

「あなたは誰ですか」


 言った瞬間に九兵衛に口を押さえられた。


(つづく)

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