第二章

第1話 ひどい気分だった。明智光秀に会ったときは。


 あのね、下戸げこって言葉、知ってる?

 体質的にアルコール類が飲めない人って意味なんだけど…、うん、これ、私。


 私ね、ウイスキーボンボンってチョコで顔が赤くなっからね。

 ビール、コップの3cmくらい飲んで頭痛がして吐きそうになっからね。


 もう、なにって、鉄壁なわけ。

 下戸げこでもね、もう、レベルが上っちゅうか。

 そんじょそこらの、「あたし、アルコールに弱いの」って焼酎一杯あけてケロってしてるぶりっ子とは一線を画したい!


 研究によれば、人の肝臓はアルコールをアセトアルデヒドに分解するらしいんだけど、こいつが悪者でさ、すごく毒性が強く吐き気や頭痛を引き起こす元なんだ。


 で、お酒の飲める人ってのはALDH2って酵素が、その悪玉を分解してくれる。だけど、日本人の4割くらいにこの酵素が少ない人がいる。遺伝なんだよ。うちの父ちゃんも酒に弱かった。


 でもって、私の体にALDH2、皆無かいむなわけ。もうね、どこ探してもない。いっそ清々しいくらい酒が飲めない。


 でもさ、羨ましいとも思ってるわけだ。飲める人をね。

 ほろ酔い気分って味わったことがないし、なんなら酔うを通り越して、いきなりの二日酔い状態なんで。


 だからね、入れ替わったマチの体。

 戦国庶民のマチは私とは体質がちがった。もうなんちゅうか、酒に飲まれないんだ。飲めるんだ、そして、強い!

 こいつ、ある意味、もってる。いや、ALDH2って酵素を体にもってるから、酒、ガンガンいけるわけ。


 飲める飲める、もう底なしだった。


 焼酎をコップ一杯でグイって。

 いや、戦国時代の女に意識が替わって良かった。ここだけは嬉しかった。


 ほろ酔い気分やら、

 酔っ払いとか、どんとこいっちゅうの。

 私が酔っ払ってるから。


 いや、気分がいい。


 もうサイコー!


 オババのラップも一緒に踊った。親指たてた。腰振って踊った。

「🎵YOYO、私はアメよ、ヨッヨッヨって。もういっぱい、飲むよぉ!」


 てな具合で、トミとオババとどんちゃん騒ぎのから騒ぎの一夜。


 若い子が酒に酔って問題行動ってアカンよね。

 私って現代じゃあ、問答無用の専業主婦なんだけど、この夜はハメ外しすぎた。そして、ご存じだろうね、皆さんなら。飲みすぎの朝、いや、今朝なんだけど、今なんだけど。


 ……とてつもなく、心のシンから後悔するよね、きっと。


 すべてが全部、朝起きたらやってきた。

 だって、私、自分の適量なんて知らないから。


「アメ! 行くぞ」って、九兵衛がね。さわやかな顔で叫ぶわけ。

「誰、あんた、声でかすぎ」


 小声で囁いた。

 だってガンガン頭に響くわ。

 もう最悪の気分で、でも、九兵衛たらひどいのだ。


「城へ行く」と、それも大声で宣言してる。誰か、あのアホを殺してくれ。


 いや、猛烈な二日酔いだから。オババだって青ざめてるし。

 酒は飲めても二日酔いはあるって教えて欲しかった。これじゃあ、飲めないときと一緒じゃないか。


「お前、むっちゃ臭い。風呂へ入れ」

「あ、、あの、大きい声はおやめください」

「風呂だ」

「はい」って、しょぼんとして言った。


 だから、朝風呂を浴びて、下女にさんざん体を洗われ、新しい着物に着替えさせられて、うっと吐きそうになった。


「九兵衛殿」

「なんだ」

「私、今日はなんだか使いものにならないような」

「これを飲め!」

 

 九兵衛が茶碗を差し出した。中には緑色のドロドロした液体が……。


 吐くってくらいまずい濃茶を飲まされたんだ。

 ドロドロの抹茶でさ。抹茶のエスプレッソみたいなもので。


 いやいや飲んだけど、結構、まあ、それで気分がましになった。


 オババは、なんと、あのラップ婆、「今日はお日柄もいいから、どうぞお二人で」って逃げた。嘘でしょ。


 で、前日の雨でぬかるむ道を九兵衛とともに亀山城に向かったんだ。もう梅雨に入っていたから、どんよりと厚い雲に覆われた道を、どんよりした気分で歩いた。


 城について案内をこうと、即座に上級の近侍者が現れ、「九兵衛殿、お待ち申し上げておりました」と案内された。


 いや、みな、声がでかい。

 いいから小さな声で、もっと小さい声で話すようにって、まだ少し頭がズキズキするから。


 広い渡り廊下を歩いていく途中、開き窓から見える山や風景は素晴らしかったんだ。こんな気分じゃなきゃ、もっと楽しめたと思う。

 だって、亀山城内に入るなんて、なかなかできないことだ。


「見て、あそこ」

「なんだ」

「城郭から先に屋敷が見える」

「こら」って、九兵衛に怒られた。

「キョロキョロしなさんな」

「こ、声を小さく」

「なら、騒ぐでない」

「ご忠告、いたみ入ります」


 城の内部は思ったよりシンプルで飾り気がない。妻を失った光秀は側女そばめを持ったという記録がない、やはりいないのだろうか。


 かなり歩いて後、大広間の襖前に案内された。


「こちらで」


 九兵衛はそこに正座した。

 そして、顎で私に合図した。


「ほれ!」

「ほれって」

「正座だ」


 私は九兵衛の右後ろに正座した。

 ふすまごしに、案内の近侍が声をかけた。


「古川九兵衛殿がお越しです」

「誰じゃ」


 少し高い声だ。


「古川殿、殿は、その」と、案内の近侍が言ったとき襖が開いた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る