第16話 6年も過ぎると人は変わる



「ヨシはどうした」というオババの問いに、トミは苦笑いを浮かべた。


「もう、夜は遅い。明日ではいかんかえ」

「トミさん」と、私もあくびを噛み殺した。

「ここまで聞いたら、仲間の全てが知りたい。でも疲れたから、ナルハヤで」


 炉端の炭をつついて火を起こしながら、トミが口をすぼめた。


「なんや、その、なるはやとかは」


 ああ、もう、そうだった。

 ナルハヤ、もう古い言葉だからって軽く使っちまった。でも、それは未来の話。

 トミ、大丈夫だから。私も21世紀の流行語についてけないからね。


「ナルハヤって言えば、なるべく早くの略だ」

「なぜ、そこを端折はしょって言うんや」


 文句、そこ?


 なんなら450年飛び越えてネットでいいから、そこツィートして。


[戦国時代の女トミ:言葉は端折はしょらず丁寧に言ってください。意味が不明です]とか。


 そういうことじゃあ、「ぴえん」も、訳わかんないから。


 で、最近じゃあ、「ぴえん超えてパオン」だって聞いた。

 感極まったりして泣く「ぴえん」より、更に上に感動して泣くのが「パオン」…、らしい。


 お前たち、ゾウさんかよ。昔からパオンはゾウさんの鳴き声だって。


 あかん、興奮しておばさんさらしてる。


 ここでは、まだ26か27歳くらい。戦国時代の私はまだお姉さんだ。もっと言えば、本来ならまだ生まれてもいない。卵子としても存在してないから、究極の若さを保ってる。


「ヨシはな、弥助と夫婦になった」

「え?」

「弥助と」


 弥助がヨシって。

 嘘でしょ。

 私は驚きのあまり立ち上がろうとしてコケた。疲れもあって炉端の白い灰に頭を突っ込みそうになった。


 弥助と?


 だって、前回、なんちゃらかんちゃらがあって…


 ともかく、戦国時代に出会った弥助は未来人だった。それも昭和初期の226事件前日から意識が過去に跳んできた男だった。


 その陸軍兵士だった弥助がヨシと結婚だってぇ。


 だって、だってね。私は過去から弥助の手紙をもらったんだ。

 弥助、この時代で私が初恋だって書いてた。

 嘘なのか。

 いっそここで、えり首つかんで問いただしたい。


「どうした、アメ」

「だ…、だって、弥助。手紙が、だって」

「アメよ、手紙がなんだって?」


 まずい、オババは姑。いや、初恋って言われて、ちょっとクラっとしたなんて口が避けても言えん。


「アメ」

「は!」

「弥助がどうした」

「弥助がね、トミさん。ヨシと結婚したんですか?」


 話はらした。逸らしきった、うん、大丈夫だ。


「もう、随分と古い話になったのやな。お市の方さまを逃そうとしたとき、ヨシが誤って弥助を刺した。あれでヨシは心根の優しいところがあるんや」


 いや、それは違うでしょ。嫌味な女としか覚えてないけど。


「アメ、不服そうだが」

「オババ、いちいち突っかかってきますが、なにかやましいことでも」

「それは、そっちだ」


 ふん、妙に勘のするどいオババ。バレてたまるか、一生、ネチネチと言われそうだ。


「それで九兵衛殿は、いつ帰るのだろうか」って、再び話を逸らしきった。

「それがわからんのや。今は丹波の城を攻略しているがな」


 天正7年(1579年)の冬なら、明智軍は八上城を包囲して兵糧攻めをしているはず。第2次黒井城の戦いは、前回の失敗に学んだ。徐々に、ゆっくりと真綿で首をしめるように敵を攻め落とす戦法にでたんだ。


「それは、八上城か」

「相変わらず、不思議なオナゴやな、アメ。では、九兵衛殿が城へ帰って来る時期を占えるか?」


 私はニヤリと笑った。


「ふふふ、巫女だよ。わからいでか。暑くなるまえだ」

「それは間違いないか」


 ふいに奥のふすまから声が聞こえた。

 するりとテンが入ってきた。


「テン、元気そうだな。アメが言うにはそうだろうよ」と、オババが笑って続けた。

「こっちへ来い。女になったか」


 オババ、そこか?


 テンに向かって、なんちゅうことを。怖すぎて、というか、先程のトミの言葉を聞いていたのか。なんだか怖いんですけど、いや、ものすごく怖いんだけど。


『感情のない女のほうが都合がいい』って九兵衛の言葉。それって愛情のかけらもないよね……。


 九兵衛とトミで、テンを相手に地雷を踏んでるから?


「おまえ、馴れ馴れしい」と、テンはオババに言った。


 テン、あんたもそこなの?


 なんか全員の会話、微妙にズレてない?


(つづく)

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