第15話 バトルのなかで白い腕が飛ぶ
九兵衛の戦法に一息つくヒマはない。
全力で戦いつづけ、走り続ける。
徐々に疲労が蓄積する。トミは時間の感覚を失っていた。槍を持つ手が
こういう状況が続けば危ない。
とぎ澄まされた野生的勘でトミは感じた。まずい、なにか、まずいことが起きるのは、こういう時にちがいない。
光秀が駆け抜けた先に空間が見えた。
やっと突破できる!
爆音が鳴った。
大型の火縄銃で狙われたのだ。
火縄銃は精度が低く当てるよりも爆音と煙で敵を驚かすことを主とした。赤井の豪族レベルでは大量の鉄砲を持つことなど不可能で、だから音と煙で脅かす! これは、当時の一般的な使いかたでもあったんだ。
トミは周囲を見た。
仲間はみなどこかに傷を負い、血に汚れている。
九兵衛の視線がトミを捉えた。
彼がなにかを叫んだ。しかし、キーンとして耳が聞こえない。と、背中に何かが当たった。
背後を見るとテンがうずくまり、次の瞬間、キラリと何かが光る。
短刀を持つ細い腕が奇妙な形で、空に向かって飛んでいた。
な、なにがあった!
何が起きた。
トミの顔に生暖かい液体が振り注ぎ目に入る。痛みをこらえて目を開けると血しぶきが吹き出しているのが見えた、
「トミ…」
細い声がした。
幽鬼のようにテンが立っている。その肩から血が吹き出していた。
「テン!」
テンの体が崩れた。もともと白く美しい顔色が青く変色している。
「トミ、テンの腕を抑えろ!」
九兵衛の声に我に返り、腰に下げた布で腕を失った肩を抑えた。みるみる布が赤く染まっていく。
「テン、テン」と、トミは絞るように叫んだ。
「…私をおいて逃げろ」
「行くぞ!」
九兵衛が駆け寄るとテンを小脇に抱え、槍をふるった。
「トミ! 道を開け!」
トミの足は止まっていた。テンがやられた。誰がやられようとテンだけは大丈夫と思っていた。そのテンがやられた。呆然として動けないのは、恐怖か、それとも驚きか。
「はぁ、はぁ…、私を、おいて逃げ…よ…」と、テンが息を切らす。
「ああ、テン、生きて帰れたら俺の女房になれ!」
九兵衛の声が響く。
その野太い声に我にかえり、そして、心が冷えた。
トミは自らの頬を叩いた。何をやってる、ここで死ぬ気か。いや、死んでもいいのかもしれない。自分はなんのために生きてきたのか。ただ、食べるためか。
いや、違う。
すぐ前を九兵衛はテンを肩に担ぎながら、右に左に槍をふるっている。
やはり鬼だな、と、ふっとトミは微笑んだ。
「殺す」と、テンの声が聞こえた。
「ああ、いつでも昇天させてくれ! 望むところだ。生きて帰るぞ」
「九兵衛!」と、トミは泣いた。
「走れ!」
「わかった」
「その後のわてらは、どこをどう走ったか覚えてはあらへん。ともかく、生き延びたんや」と、トミは話を終えた。
⛰ ⛰ ⛰
聞き終わる頃には、ろうそくの芯が小さくなっていた。
「片腕を失ってテンは何かが変わったんや。これまでだって生きていたかどうか、それはわからへんけどな」
「しかし、九兵衛とテン、ふたりに愛情なんてあったのか」
「ない」
即答だった。
「また、決めつけたな。トミ」と、オババが笑った。
「理由があるのか」
「九兵衛殿に聞いたんや」
ロウソクに照らされ揺れるトミの顔をみた。なんとなくトミは九兵衛を好きなのかもと感じた。これは以前も感じたことがある。
「じゃあ、なぜ結婚したんだ」
「九兵衛殿がいうには…、わしは忙しい。それに不平を言われても困る。だから感情のない女のほうが都合がいい。それに、子どもを成すにテンの美貌と力を受けつげばそれは良いではないか、とな」
「九兵衛らしいといえば、九兵衛だな」
「さめている」と、オババは笑った。
トミの顔が揺らいでいた。
「ところで、ヨシはどうした」と、オババが聞いた。
トミがニッと笑った答えに、私、眠気が吹き飛んだ。
(つづく)
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