第11話 戦国時代でやっと仲間を発見


「あんた、誰や?」


 トミはダミ声で乱暴に問うた。

 ふふふ、オババだよ、トミさん。オババが、これをどう説明するかわからないけど。でもって、私、まったく助ける気ないから。


 と、急に、オババ、腰を振って両の親指を立てて円を描きはじめた。


 ぇ、ぇえええ?


 待て! 待たんか! オババ、やめてくれぃ。


 それラップだろう。得意なラップをはじめる気だろう。でもって、得意だって思っているの本人だけだからね。誰も認めてないから。現代だって、しゅうとのオジジは、ラップがはじまると急に腰が痛くなって逃げるの、偶然じゃないから。


 オババ、現代でシニアのラップ教室に通ってるんだ、迷惑この上ない。


 で、止めようとした。この根本的にズレてるしゅうとめを。必死にがんばって、腰振りだした瞬間に両手をひろげて、トミの前に立ちはだかって隠した。


「どうしたんや、アメ」って、おおらかにトミが言ったけど、こっちはそれどころじゃない。だって、背後から聞こえてきたんだよ。


「🎶ヨオヨオ、ここは明智の、新しい城だよ、おニューだよ。ヨッ」


 あのね、おニューって言葉もヨオヨオってのも、戦国時代、まったく通じないから。いや、現代の若者だって、おニューなんて言葉、きっと呪文だって思うわっ!


 と、その時だった。

 私、信じられないものを見た。

 いや、見たくはない。


 トミが、オッて顔をしたんだ。そして、同じように腰を振って親指を立てた。


 オババ、前回、この地に意識を転移させて、いったい仲間に何を吹き込んだ。


「よおう、よおう、オババの仲間や、よよよ」と、トミが笑った。

「よおうじゃない、そこはヨオだ、トミ」


 オババ、そこ? いま、そこ? そこが否定するところ?


「おう、トミさん。私はイネと申すが、オババと呼んでくれ」

「なんや、おカネさんを思い出すえ。あんたはん」

「親戚じゃ。このアメの姑でな」

「お、アメ、いつの間に結婚してたんや」

「トミさん、その話は、もういいよ」

「🎶ヨオヨオ、婿むこから逃げた、嫁だよ。ヨオ」

「オババぁああああ!!!」


 オババ、この時代じゃあ、私の婿は正式にはあなたの息子なんだ。ま、現代でもそうだけど。オババだって夫も息子も捨てて来てるし、もしイネさんが現代から戻ったらどうするのよ。


 で、私は思った。


 少なくとも前以上に金を稼いでおこうって。イネとマチのためにも、そういう義務はあるって思ったんだ。


「そうか。それで九兵衛殿に会いにきたのやな」

「トミさん」


 私は寒さに両手をこすり合わせながら答えた。いや、寒いのは気候だけじゃなかったけど。


「ややこしんだ、トミさん。ともかく、仲間のアメだよ。戻ってきたんだ。それでどう食べていくかわからなくて、取りあえず九兵衛を探していた」

「そうか、もう随分と昔になっちまったなや。お市の方さまに会って以来か。そう、その後や、あんたさん、急に人が変わったようになって…、あんたさんの様子、ほんにびっくりしたえ。弥助殿がいなければ困ったやろうね」

「弥助は?」

「アメよ、変わらんなや」と、トミはいかにも嬉しそうに肩を叩いた。

「弥助殿も呼び捨てや。それに、九兵衛殿は出世なされたんや。もう、九兵衛はないぇ。明智家の侍大将のお一人や。呼び捨てできる相手やないで」

「じゃあ、トミさんはどうしてるの?」

「私は九兵衛殿に仕えてる」

「みんな、元気なのか?」

「まあ、それぞれやな。ここで話すのもなんや。来なされ」


 トミは控え所をあとにすると、夜道を歩いて亀山城の真下にある屋敷に案内した。

 それは立派な門を持つ大層なお屋敷だったんだ。


「ここは?」

「古川殿の屋敷や」

「九兵衛、ずいぶんと出世したな」

「ああ、したんや。簡単なことやなかったで、命かけて、お気張りなさったんや」

「そうか」


 トミが門わきの通用門を叩くと掛け金が外れた。老爺ろうやが立っていた。


「おトミさま、そちらさまは」

「殿の古い馴染みや」


 老爺はみすぼらしい私たちの姿を上から下まで、じっとりと眺めると疑わしそうにトミを見た。


「爺、これがアメや。そんじょそこらの女と思うたら、あとでびっくらこくえ。不思議な巫女みこさまなんや」


 そうか、私はまた巫女になるのか。


 ふいに、トラツグミが鳴いた。ヒゥーヒョーという不気味な鳴き声が聞こえた。


「アメ、どうしたんや。はよ、入りや」

「うん」


 トミに案内されて後につづく。

 表玄関ではなく通用口から屋敷に入ると、6畳くらいの土間があり、上がりかまちの先にタタミ敷きの座敷があった。


 そこに女が正座していた。


 女は右手をつけると頭をさげ、ゆっくりと顔をあげた。

 ろうそくの暗い灯にも、その青白い顔は美しく、この世のものとは思えないほどだ。


 絹づれのかすかな音がする。

 その美しい顔。しかし、私がはっとしたのは、そこではなかった。女の右肩は普通だったが、左袖が奇妙だ。いや、左腕がないんだって気づいた。


 美しい女は片腕しかなかった。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る