第10話 信長の琴線に触れた光秀
亀山城は広く、どれだけ待たされるのか見当もつかない。
夜で、寒空で、両足をバタバタさせて震えていると門番が控え所に行くといいと言ってくれた。そこで湯づけを恵んでもらった。
前に転移したときは夏で食事に閉口したんだけど。だけどね、その夜に限っていえば、湯漬けを一口食して心も体もじわ〜〜んとしたんだ。
「オババ、この湯漬け以上に美味しいものを食べたことがない」
「一昼夜、まともに食べておらんからな。ふむ、しかし、私はあるぞ」
「おや、そうですか」
「アメ世代は飢えた時代がないだろう。私の幼いころはバナナが手の届かない贅沢品だった。飢えた者にとってサツマイモがいかにうまかったか知っておる、小さいころに経験した」
「さすがオババさま。深いお言葉、心にしみます」
オババが横目で睨んだ。
「その綿ホコリくらい軽い心ではなく、身にしみて感じよ」
「オババも」
「なにか言うたか」
「なんも言ってません…」
亀山城は
ついでにいえば、現代なら亀山城址跡として綺麗な公園になってるし、ベンチでお爺ちゃんが、のんびり休みをとっていたりする場所だ。
今、私が見ているような最前線のものものしい場所ではない。槍を持った足軽が走ったりしてないから。舗装道路があって、静かな住宅街が続いてる。
一瞬だけ、私の目前で現代と過去が交差した。
それにしても信長の光秀に対する強烈なエコひいきは少し異常なほどだって思う。
いったい、どうして、光秀のなにが信長の琴線に触れたのだろう。
「この城、光秀の城として、最終的には信長からもらえます」
「ほお」
「この丹波平定が終われば、ほぼほぼ天下は平定され、光秀は大名レベルとして取り立てられるんです」
「では、なぜ、私らはここに再び転生した」
「それがわかりません。何かがあるとは思います」
その時だった。
「アメ〜〜! アメなのかぁ!」
野太い、聞き慣れた女の声がした。
振り返ると、そこにトミがいた。
トミ、トミだった。
前回に転移したとき、トミが小荷駄隊に入れてくれたおかげで、戦国時代を生き延びることができたんだ。
「トミ!」
オババと私は思わずデュエットで叫んでいた。
嬉しかった。
「アメか。まちがいなく、アメか」
「トミさん」と、言って私は泣きそうになった。
やっと知ってる人間に出会えた。なんだかもうミッションクリアって気分で、これでもう大丈夫だ。なんとかなるっていう安心感でほっとした。
トミは鼻をすすると、「あのアメか。自分を思い出したんか」と、頭をボンボン叩いてくる。ああ、この感触。ガサツで大女で、いかにも暖かい、あのトミだ。
トミは体が大きいが、以前に比べたら締まって見えた。その分、顔のシワは増えていた。あれから6年が過ぎているから37歳にはなっているはずだ。
この時代は現代とちがい老け方が早い。日焼け止めクリームもなく、食事も悪く、生活は厳しいから当然だけど。
しかし、トミの顔は生気に溢れ、若さとは違う輝きがあった。
「ほな、あのアメか。あの時な、あんたはん、弥助殿の手当が終わって、いきなり、ここってどこ、あなた誰と言うたさかいに、ほんま驚いたんやで」
「あの時、あの、頭が急におかしくなって」
「オババさんも同時にかや」
前回の転移で私たちはお市の方を救い、それから、現代に戻った。
その後はどうなったんだろうとは思っていた。
「そう」
「ああ、弥助殿がいなければ、ふたりとも困ったことになったんやが……、ん? そういえば、おカネさん、あっと、オババか? 世話になったに、どないしたんや」
「ここにいるわ」
オババも嬉しそうにトミの背中を叩いた。例の右ほほをあげる得意の笑顔を見せた。ああ、前回オババが転移したおカネは人がよい顔で全く似合わなかったけど、おイネの顔には合っている。
トミは怪訝な顔をして、そして、野太い声で言った。
「あんた、誰や?」
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます