第7話 京都、嵐山をすぎて迷子です



 私の意識が転生したマチの足裏。

 いや、自分のって言うべきなのかな?


 これがね、もう、野獣!


 足裏、硬い! すごく硬くて真っ黒クロスケ。

 なんなら足の爪も黒い、黒のペディキュアしてるわけじゃなくて天然で黒い。これ、たぶん、現代の強力な洗剤を使ってゴシゴシ洗っても、ぜったいキレイに落とせないよ。足のシワに入り込んじゃってる。


 爪だけじゃない。指も足もみな黒くて、シワのなかに泥や炭がこびりついてる。もう、そういう肌なんだ。


 でもね、マチって小顔で可愛いんだ。目が大きくて、26歳になっても少女みたいに可憐かれんなんだけど、その顔に似合わない、この足裏のずぶとさ!


 体が原始人で、こんな風に生活してるんだと思うと、現代人の感覚からすると健気でかわいそうに思ってしまう。


 だから、裸足にワラジをはいて、外にでても、それほど寒さは…


 いや、ふつうに寒いから。

 寒さに痛みまで感じるけど、数メートル歩くうちに不思議と慣れていた。

 人の体って、ある意味、すごい。順応性があるっていうか。


 そう、その朝は数日ぶりに晴天だったんだ。


 だから、私とオババは小屋を出発した。


 外は太陽が輝き、雪に空気さえもキラキラと輝いて、

 もう、なんていうか…


「きれいだぁ〜〜〜!」って、思わず両手をひろげて空気を吸い込んでいた。


 冷たいけどさわかやで、とてもいい味がした。キリッと冷えた空気の味というか、いさぎよい味がして。私たちは、どこまでも歩ける気がした。


「たしかにな」と、オババも目を細めている。

「ここ、案外といいところですね」

「本気で、そう言っているのか」

「本気と書いてマジと読む、です」

「古い!」

「オババ、お気づきでしょうか」

「なにをだ」

「ご自身、今のお体が40歳前とはいえ、もともと、かなりお古いほうかと」


 オババが歩きながら、横目で睨んだ。


「次に転移するときは、アメより若い体にしてもらう。今回は一回りほどの年齢差だ。次は若くだ」

「いや、それは。私が姑でオババが嫁の関係とか」

「面白い」

「受けてたちやしょう。その場合、時代は江戸から明治でお願いします」

「なぜだ」

「姑、ぜったいの正義の時代。嫁はかしずくことが命。ふふふ、土間で食事する嫁オババ、私、一段上の畳で食事をして、『みそ汁がぬるい』と文句を言える立場…、ふふふ、あっ、オババ。聞いてますか?」


 なぜか、かなり先をオババは歩いてた。ぜったい聞いてなかったな! あの性悪オババ。都合が悪くなると昔から耳が遠いとトボけるんだ。


 そうそう私とオババの歩き方。ワラジのせいだろうか体が覚えている歩き方と違う。脳がね、ちょっと、ちがうでしょって言ってるけど、体にしみついた記憶が言うことを聞かない。


 未来の私の足はつま先に重心をかけて歩いていたけど、マチは違う。どっしりとカカトをおろして、そこに重心をおいた歩き方をするんだ。


 だから、疲れがすくないのか。で、まあ、お昼近くまでは、まあ爽快だった。問題はその後だ。私もオババも疲れて言葉少なになり、そのうち、何も話さなくなっていた。


 琵琶湖近くの坂本村から出発して、京都に到着。休憩をいれながら、清水寺をまっすぐに嵯峨嵐山まで歩いてきた。


 道中、京の都は荒れていた。

 以前に、信長軍に従って足利将軍を駆逐くちくした日よりは、ましになっていたけど、現代に比べれば、ほんと悲しい状況で、そこをひたすら歩いた。


 いやね学生時代から京都は好きだったよ。よく遊びに行った。清水寺から嵐山方面の太秦うずまさ映画村へと観光するって、案外遠いとバスに乗ったときに思ったものだが、その道を、まさか歩くとは、歩くしかないとは。


「京都って、現代じゃあ、世界で一番旅に来たい場所だそうです」

「ふん」って、オババがニヒルな顔で笑った。


 今回のオババ、目が細くてつり上がって、美人系なんだけど、なんか残念な美人顔で、だから、怖い!

 前のカネさんのようなお人好しな感じが全くない。ま、現代のオババに近いから、皮肉顔がよく似合う。ときどき後頭部をはっ倒したくなる。


「で、ここは、どこだ」

「ここは、たぶん、嵐山近辺かと。この先が丹波の入り口で亀山城があります。現代ならトロッコ嵐山の駅が近いんじゃ」

「ああ。あの山道を走るトロッコ電車か」

「そうです」


 京都は昔も今も道路がゴバンの目。まっすぐでわかりやすい。中国の長安を真似て平安時代に開発された道は、私のために整備してくれたのかってね。もう、戦国時代でも、道に迷わなくてすむんだ。


 そして、狭い山道を歩いてしばらく、オババが聞いた。


「道は間違ってないのか」


 そ、それを、私に聞くか。この見事に地図の読めない女に聞くか。

 えっと、坂本城から歩いて京都へ向かい、その出口から北西に向かうとは知っている。だけど、その北西がね、わからない。雪で道はぬかるみ、坂は登りにくいし、でもって、周囲の木々が視界を遮っている。


「あの、ここは」

「いいか、次の言葉は慎重に言ったほうがいいぞ、嫁よ。どこって言葉は聞きたくないからな」

「お義母さま。私の車のハンドルさばきをご存知かと」

「さばきというのは、少なくとも普通に運転できる人間が使う言葉じゃ」

「あっ、そうでありました。これは自慢ですが、高速道路の合流地点で一旦停止する程度の運転技術であります」

「で、本題にはいる」って、オババ、私の言葉を完全に無視してる。

「迷ったのか」

「それ以上にまずいことに気づきました」

「なんだ」

「ここは、織田側にとって周囲を平定したとはいえ、まだまだ敵地に近いものがありです」


 オババは、眉をひそめた。そして、ひとこと言った。


「気づくな!」

「は、そうします。とりあえず、簡単なほうから」

「そうだ、道に迷っているのか」

「迷っているのかどうかさえも、わかりません」

「アホか!」


 いやいや、あなた。なぜ、すべて私に言ってくる。人間、自分で考えなくなるのは老いの証だって。


(つづく)

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