第6話 そこには、ぜったい負けられない戦いがある


 私とオババは坂本城の門前で、北風、木枯らし、冷たい風、寒風と、お互いにを言い合ってはムキになっていた。言葉でハリあうどうよって状況だったけど。


 いや、そこは嫁と姑だから、ぜったい負けられない戦いがある。

 お互い引くに引けない、いや、ぜったい引かない。


 そもそも私たちは坂本城内に入り込もうとしたんだけど、門番に追い払われた。


 古川九兵衛に取り次げと言ってバカにされ、あえなく玉砕して。諦めようとした私を強引に引き連れ、オババは再び門前に向かった。


「兵になりに来た」

「ここでは、今、必要としてない」という冷たいお返事、にべもない。


 オババは食い下がった。寒い門前でオババはしつこく交渉したが、まるで聞いてくれない。最後に、「私たちのような、か弱いオナゴを見捨てるのか!」と、食い下がった。


 私は思わず、オババの顔を見た。


 あのね、「か弱い」って形容詞も、いちおう、それなりに矜持きょうじを持ってるから。か弱い子猫とか、か弱い子犬とか、ともかく、見てキュンってするのがの正義。ちょっと病的で、秋風に吹かれながら本を読んでる細めの少女…、か弱いって、そこだから。両足を広げあごをあげたオババの姿、どこにキュンキュンする要素がある。そこは絶対に違う。


 それに、か弱いオナゴは兵に応募しないって。

 いろんな意味で間違ってるから。


 結局、私たちは再び門番に追い払われて途方にくれた。


「あの門番、倍返しだ」

「いや、オババ、門番に倍返ししてる場合じゃないです」

「じゃあ、どうする、3倍返しか」

「まあ、そこは嫁としての義務を果たしときましたから」

「ほお?」

「オババが交渉してる間に、できたての犬の糞を奴の草履の背後に寄せときました」

「さすが、嫁よ。でかした」

「いえ。今はそこで、でかしてる場合じゃなかった。気づいたんです」

「なにをだ」

「光秀、ここにいません」

「そうなのか」

「城内も守備兵くらいだから、本隊がここにいない。ということは、兵に雇ってもらうためには、亀山城まで行くしかないと」


 で、ここでシャープの亀山工場についての、オババの役に立たない予備知識を聞くハメになったんだ。そこじゃないから、亀山城は別の場所。


 坂本城から約50キロ離れた丹波の入り口に光秀は拠点の城を築いていた。

 天正5年(1577年)、今から2年ほど前に築いた亀山城だ。


「どのくらいで行ける」

「車なら1時間ちょっとで」


 オババが目を細めた。


「タクシーでも呼ぶのか」

「歩くしかないです。こんな冬ですし、野盗もいないでしょうし」


 オババが空を見上げた、厚い雲がかかっている。


「雪にでもなりそうだな」

「ええ、まあ、前もなんとかなったし。戦国時代は、歩兵は歩くのが商売とか言われてました」

「まあ、この体、前のカネより、さらに元気だし、いけるな」

「おカネさんより食事がよかったかも」

「アメは若い」


 私たちはお互いの顔を見合わせた。


「いったん、あの小屋に戻って、装備や食事を整え、明日、行くか」

「そうしましょう」


 オババにしては常識的だ。もうすぐ日が暮れる。明日の朝一番に出立したほうがいいだろう。

 

 坂本城から亀山城まで、おおよそ50キロ、おそらく山道もある。

 10時間ほど歩けば、到着するだろう。


 翌朝、そのつもりで朝早くから起き、握り飯や塩や味噌、水を用意した。


「行きますか」

「ああ」


 うっしと、気合いを入れた。


「新たな冒険ですね」

「ああ、新たな冒険だ」

「しかし、毎回ですけど、そのお姿。哀れです」


 オババ、食べ物を兵糧袋ひょうろうぶくろ打飼袋うちかいぶくろ に入れ背中や腰にむすび、鍋を背負って、その上に陣笠をかぶり、ワラでできたみのをはおり、前をヒモで結んだ。


「ふん、アメは板についてる。いっそ、生涯をここで終えようって気構えを感じる」


 けっ、別方向で嫌味を放ったな、オババ。


 私は戸板を開けた。

 と、一瞬で閉めた。


「どうした」

「いえ、外をご覧ください」

「なにがあった」

「寒そうです」

「ひ弱な嫁だ」


 オババが戸板を開けた。そして、同じように一瞬で閉めた。


「食い物はどの程度、残っている」

「数日は、なんとか」

「明日にしよう」

「そうしましょう」


 外はしんしんと雪が降っていた。だから外部からの物音がしなかったのかと思い至った。


(つづく)

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