第4話 冬に裸足って、戦国時代の寒さになして?


 戦国庶民、とくに戦乱の中心となった京都や近辺の生活は厳しかった。戦いのたびに荷物をまとめ、逃げるを繰り返す私を含めたモブ生活。


 私の意識が乗り移ったマチは、やってくれました。

 6年間に、オババとともに稼いだ俸禄をすべて食い尽くし金も食料も底をついていた。


「オババ、そっちの家は」


 オババは私の若い夫マサの母親イネに意識が転生している。


「イネの状況はわからんが、夫や子どもがいる家には住めんな」

「おや、ご主人がいるんですか」

「ま、いろいろな」


 私はほくそ笑んだ。転生して、わけのわからない場所でオババがしそうなこと。

 うん、間違いなく威嚇いかくした。ぜったい、やったはず。


「で、何をなされた」

「いや、私はなにもしておらん。妙なことを聞くでない」

「いえいえ、オババ様、長い付き合いですから」

「ふん、考えすぎだ」

「戻れませんね」

「それだけは、間違いない」


 やっぱり、想像の上をいく何かをマサの家でしてきたにちがいない。


「で、どうします」

「これは、また前と同じだな」

「ええ、一文無しのふたりです」

「行くか!」

「行くしかないでしょう」


 転移も2回目ともなればね。そりゃ、勝手知ったるというか、脚絆きゃはんの巻き方とか、草鞋の履き方とか、慣れて……


 戸板を開けた。


 げっ、寒い!

 むっちゃ寒い!


「これは、来たときより、さらに冷えてる」

「服装、もっと厚手でないと」

「小屋にもどってやり直し」


 戦国時代の琵琶湖周辺は寒い。底冷えする。

 小屋のなかも寒いが、かまどがあり、囲炉裏いろりでは炭が炊かれていたから、外より寒さをしのげた。小屋はすきまが多く天然の換気が十分で、だから、一晩中、火を起こしていても一酸化炭素中毒にはならないんだ。


 木々は枯れ、木枯らしがふいて、正月過ぎってところだろうか?


 私たちは綿入れの服を着込んで、再び、外へ出た。


「さて、最初は」

「仲間を探しましょう」

「だな」

「おそらく、古川九兵衛を探すのが早いかと」

「なぜだ」


 古川九兵衛は、先に私たちが転移したとき足軽として働いた上司だ。

 当時は足軽大将になったばかりであった。


 のちの世に明智三羽烏あけちさんばからすと呼ばれる光秀の近くに仕える男、あれから6年も過ぎていれば、かなり出世していることだろう。


 前に出会った頃、光秀は坂本城を築いたばかりの、まだ弱小城主だった。しかし、その後の活躍で、破竹はちくの出世をしている。


 とすれば、足軽大将であった古川九兵衛も出世したはず。


 現代に例えると、前回は織田カンパニーの支店長になったばかりの光秀で、九兵衛はその部長クラス。6年後のこの時期には光秀は重役に昇進したことを考えれば、同じ部長でも、仕える相手のレベルが高い。支店の部長から本社の部長に昇格しているはず。


「というわけです」

「なるほど」

「では、行くか」


 私たちはお互いの顔を見た。そして、木枯らしの吹き荒れる寒い戸外に一歩ふみだした。


 私とオババは村長むらおさの家へ向かったんだけど。


「オババ」

「どうした」

「こんなふうに最初に村長へ行くって、ほんと馴染んでませんか、私たち」

「確かにな。前はオロオロしていた」


 もうね、これが私たちのプレイスタイルかってほど、お互いに慣れ切っちゃてる。いいのか、戦国に飛んだ初日で、ここまで馴染んでて。


 もうちょっと、あれだよ。

 慌てたり、アワアワしたりの初々しさっての? 欲しいって思いませんか?


 で、村長に兵になると言うと、「今度は、おしゅうとめさんと一緒かね」と、驚いた表情を浮かべた。いや、実際は前も姑だったけど。


 こっちに転移した瞬間はね。ちょっと、ひとりかもって思ったけど、でも満を持してのオババ登場で、オババはいないのかって謎、解決しちゃったから。


「それにしてものう、前はご活躍だったなや。村としては鼻が高い。今回もおきばりや」と、村長はあっさりと気持ちよく送り出してくれた。


 村には領主に一定数の年貢と兵を出す義務があるから、それで歓迎されたようだ。だから、私たちは木枯らしのなか歩いて坂本城へ向かおうとした、いや、正確には行こうとしたんだ。


 しかし、寒い。

 なんか、寒さが違う。むっちゃ底冷えする寒さで、琵琶湖からの冷たい風が厳しい。1キロで音をあげた。


「オババ様」

「アメ」

「いま、何月でしょうか」

「おそらく…、冬の1月くらいかな。枯れ木も多い、それに遠くの山はうっすらと雪化粧している」


 オババは頭にかぶった手ぬぐいで口元を押さえた。


「帰りませんか」

「いや、私は帰らん」

「だって、この寒さで」

「あんたは熊か。冬眠して過ごすつもりか」

「いや、あのおコタでぬくぬくと」

「そのおコタ用の炭は一冬分あったか」

「え?」

「昨年、カネが亡くなったのは寒さが理由だと聞いたばかりぞ。金がなくなり炭を充分に蓄えることできなかった。たぶん、そうだ」


 横目でオババが睨んだ。


「坂本城へ行くしかない」

「そ、そうですよね」


 私は拗ねた。もう拗ねまくった。暑さも嫌いだが寒さは、もっとこたえる。ともかく寒いんだ。ブーツなんて洒落た履物がないんだよ。すべからく裸足に草履。うっすらと白い霜がかかった土の道を素足で歩くって、もう無茶だから。


 太陽が頂点に達する前には出発したが、それでも、坂本城に到着するころには、すでに西の空へと陽が沈もうとしていた。


 で、城の門番に会い「古川九兵衛殿に会いたい」と、問うたが、「帰れ!」と、一喝されてしまった。


 まあ、貧しい格好の女ふたりが、いきなり明智家の偉い人間を呼べと言っても無理だろう。


 じゃあ、どうすればいい。

 また、前回みたいに、足軽小荷駄隊からはじめるのか。

 しかし、あの宿所は恐ろしく簡易的なものだ。冬は戦闘も少ないので傭兵として雇われる雑兵も家に戻る。


 凍え死ぬってのが、比喩じゃない世界だ。

 どうしたらいいんだ。


 二人とも、もう死んだ目をした勇者になってた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る