第2話 転生した先にオババがいない?


 いきなり板戸を開けて入ってきた小柄な女、マサの母親だった。


「あれ、母ちゃん、どうした。怖い顔をして!」


 前に入れ替わったとき、怒鳴り込んできた目つきのするどい女だ。

 うっそ、オババなしで、このおばさんと渡りあうんかい。

 初日からの面倒、泣きたいわ!


「母ちゃん」


 母ちゃんはマサを無視して私を見た。しばらく、凝視して片方の唇をぐっと引き上げニヤリと笑った。


 いや、この笑い、馴染みがありすぎた。

 オババのアメリカ俳優を真似た笑い方にそっくりで、人生には三つの坂がある、登り坂、下り坂、そして、まさかの坂。


「まさか」

「そう、まさかだ」

「まさか、あなたは」

「プルトップといえば!」


 腹から出る声で母ちゃんと呼ばれた女は問うた。

 ま、まさか……、だった。思わず私は額に手をあてた。すごく嬉しいような、すごく苦しいような、いわく言いがたい感情が押し寄せるなか、小声で「優ちゃん!」と囁いてみた。


 優ちゃんというのは、オババの妹の子で超過保護の天然娘。叔母の一人娘なんだ。


 私が夫の親戚一同とはじめて顔合わせした緊張の日。紹介された義理イトコ優ちゃんは、ジュースのプルトップを薬指にはめて取れなくなっていた。ま、その後の大騒ぎは別の機会に。ともかく、優ちゃんといえば、プルトップが家族間の共通認識なんだよ。


「アメか」

「そのようです。しかし、オババ、今回のその姿」

「ああ、誰なんだ。これは」


 私は土間で目を丸くしているマサを見た。


「たぶん、おそらく、この世界の私のしゅうとめであろうかと」

「ふぅん、では、そこに転がってる男の母か」

「そうです、マサ、これは母ちゃんか?」と、私は聞いた。


 マサは状況が飲み込めず、私とオババの間で視線を激しく動かしていた。


「マサよ、私の名前は」と、オババが問い詰めた。

「母ちゃん」と、マサは土間に腰をつけたまま、後ずさりした。「お、俺、泣いてもいいか」

「かまわんが、名前を教えよ」

「母ちゃん、名前を忘れたんか」

「そうだ、言え!」

「イ、イネだよ」

「いいね👍?」

「おイネ」

「イネか、そうか、わかった。じゃあ、用は済んだから、マサ、さっさと家に帰れ」

「そんな、母ちゃん。俺、俺」

「話は後だ。今はこのマチと話があるんだ」


 マサは後ろ姿に哀れさをにじませて戸口まで歩き、しょんぼりと振り返った。

 その姿に容赦なく、オババがしっしっと手をふった。


「さあ、アメ。これはどういうことだ」

「よかった、オババ。私、ひとりかと思って」

「おお、嫁よ。私も嬉しいぞ」

「あっ、もしかして、今回はリアル姑。マサは私の婿になってるそうです」

「ほほう、それは奇遇だ」


 そうオババがニヤリとした瞬間、なんか背中にじっとりと汗が滲んだ。


 虫の知らせっての?

 まずいことがある時に感じる、あれだ。いろんな意味で体中が虫の知らせでいっぱいで、そのうちに警戒警報にバージョンアップしてた。


 だって、前にオババの意識が入れ替わったのは、マチの実母カネ。カネは人の良さそうな顔だったが、イネは目が細くて意地悪そうな顔をしてる。シンデレラの継母みたいな顔だ。


 だから、ちょっとだけ私は不幸だ。本当にかわいそうなシンデレラなんだと思った。義理の母親にイジメられって……、

 え? シンデレラは継母ままははで姑じゃないって?


 おい、そこの若いの、そんな些細なツッコミは忘れろ。無心になって読むのだ。


 それでも、文句があるなら、両方の行動様式を正確に把握してから、真っ正面から私にケンカを売ってこい!


 受けて立たないぞ!!


 しかし、それにしても、オババの名前がイネって。

 ここで、いいねボタンは押したくないって思ったら、ついね、つい吹き出していた。


「どうした」

「だって、前はおカネで、今回はイネ、イイネボタンですから」

「いや、イイネじゃない、全くイイネな状況じゃない」

「ですよね」

「それで、これはどういう状況だ」


 私はやけになって、笑いながら伝えた。


「それは、たぶん、前回の『明智光秀によろしく』が結構読まれたんで、作者が調子にのってんでしょ」

「いい迷惑です!」

「同感です!」

「ふん、勝手なことをさせてたまるか。76年生きてきた。ダテに年齢は重ねておらん」

「そのお姿は40歳前って感じですけどね」

「そうだ、前のカネよりさらに若返った」


 なんかオババ、喜んでいる。そういえば、前の入れ替わりでも40代の体で嬉しそうに戦国時代を駆け回っていたから。実際のところ現代では76歳で後期高齢者に片足を突っ込んでるオババ。あと4年で両足を突っ込む。それが、いきなりの40歳前なんだ。


「何を不服そうな顔をしている」

「いえ、別にいいですけどね。そりゃ、時代が6年ほどすすんで。私なんて6年分、年をとりましたから。この時代じゃ、年増と呼ばれる26歳。で、姑がアラフォーって。年齢差、10歳ほどしかないじゃないですか」

「おう、どっちがモテるか勝負するか!」


 いや、いま、そこじゃない。モテるとかそういう問題じゃない。


「で、どうするんですか」と、ふてくされた。

「作者が書きたいって、こんな酷い場所に送ったからには、目に物を見せてやろう」

「誰に」

「書いてる奴にさ」

「え? そっち。そのどうするんで」

「そりゃ、例のあれよ。キャラが勝手に動くというやつだ」

「さすが、オババ様。では」

「おう、まずは、昔の仲間を探しに行こう、勝手に」

「は!」


 ちょ、ちょっと、待った〜〜〜!

 勝手に動かれては、作者が困る。それでなくても見切り発車で、この先、どうすんのって思っているのに〜〜!


 物語がとっちらかって、ラストが書けなかったどうすんだよ、お前たち。責任はとれんのかい!!


(つづく)

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