43.TERAKOYA

「おぉ、柏木君飲んでるか?お前さんのおかげで、日本はいい国になった。ありがとうな。」

 俺を表舞台に引きずり出した張本人である阿藤官房長官が俺の肩を叩きながらそう言った。


「まったく、若返ったからといってまた無茶な飲み方してると加奈子さんに起こられるよ。」

 と俺はそう言いながらもジョッキで乾杯していた。


 そう、保っちゃんの奥さんの加奈子さんも地球号のクルーになっている。


 そしてなんと、加奈子さんは今妊娠中なのである。


 いや、60超えてるんだけどね、実年齢は。見た目は美千代さんと同じように20台で通じるほどに若返ってるんだけど。

 そこで、保っちゃんが盛っちゃって…。


 愛ちゃんに聞くと肉体年齢そのものが若返っているので、出産も何も問題がないそうだ。もちろん愛ちゃんたちが完全サポートについている。

 今は地球号でのんびり静養している。


「まったく、俺はあの日、本当に魔王が現れたと思ったんだぞ。恒松総理を恫喝した迫力は相当なもんだった。」

 と茨木総理がそう話しかけてきた。


「いやー、あの時はああでもしないと話が進まなくて。」

 と俺が返した。


「それにあれは恫喝ではなくて説得ですよ、総理。」


「ああ、そうだったな。そのあとも本当にお世話になった」


 そうなんだよな。実は解散総選挙の後、緊急の与党の会議に呼び出されて、選挙の間選挙対策委員長をやってくれって泣きつかれて、60ぐらいの年齢に見えるように調整して、選挙戦を乗り切ったんだよね。無名のしかも実績一つない俺をよくそんなのに担ぎ出したよね。


「確かに、あの時柏木幹事長でなければあの難局は乗り切れませんでしたね。」

 と田所副総理が相槌を打った。


 俺は愛ちゃんのサポートを受け、敵対する候補のスキャンダルを暴いたり、候補者を選ぶときにもその背後関係を洗い出したりと大活躍だった。


 そうやって在野に埋もれた人を探してる時に見つけたのがこの田所さんだった。

 私塾の講師のようなことをしながら、その教えを受けた財界人や政治家は多い。

 選挙当選の後、俺が直接口説いて副総理に就任してもらった。

 まだ50代なので次の次には総理になる逸材だ。


 俺は会話が盛り上がってきたところで、みんなに話し始めた。

「皆さんに少し聞いていただきたいことがあるんです。日本もようやく平和になったところで、俺は第一線から退こうと考えています。幸いにも優秀な人材がそろってきたこともあり、そろそろ嫁も欲しくなってきたので、嫁探しの旅に出ます。」


 俺のその言葉にしばらくシーンとして聞いていたみんなが、突然爆笑しだした。


「おぉ、ようやく嫁を貰うまでに復活したか。うんうん。結構長かったけどこれだけ忙しかったらそう考えるのもわかるよ。あのころは悲惨だったからな…。」

 と早川は遠い目をしだした。


「誰が悲惨じゃ。ちょっと落ち込んでた時期があっただけだろう。」

 俺はからかわれているのには気づいていたのでそう返した。


「じゃあ、俺たちも後継に席を譲るよ。おかげさんで一生使いきれないほどにもうけさせてもらったしな。退職金は弾めよ。」

 と、山田がそう言ってきて、横で山下もうんうんとうなずいていた。


「ああ、それぞれ10億ほど持って行ってくれ。それに株式会社宇宙船地球号の株も20%ずつ譲渡するよ。これがあればお前らの子孫も食っていけるだろうからな。」


 現在俺が100%持っている株を彼らに合計60%渡すことにした。


「スペースシップアースブランドはどこの国に行ってももてはやされるよ。特にそのロゴマーク。そのピンバッジを見ただけでホテルから飛行機まで特別扱いだからな。」

 そう言って俺たちの襟についている社章を指さした。


 フラードームを模したその社章は、知らない人がいないほど有名になっていた。


「何せ、ある意味この日本を、いや世界を救った会社だからな。」


 宇宙船地球号社は環境汚染や貧困撲滅のためのチームを世界中に派遣していた。

 スタッフは現地スタッフや日本の有志スタッフを社員として、統括をアンドロイドに任せて、次から次へと貧困撲滅と環境改善のために動いていた。


「特に旧中共の地域は環境汚染もひどかったけど、貧困もひどかったからね。ただ食料をもっていくんじゃなくて、その土地の土壌改善から農業指導、家やインフラの整備まで幅広く活躍したそうだね。それも費用は数年後からの作物での支払いだそうじゃないか。どこの国も助かっていたよ。」


 そう。俺ははじめ費用も取らないつもりでいた。


 帝国からもらった金を換金して、これらの費用に充てるつもりでいたんだ。


 しかし、愛ちゃんたちからストップがかかった。

 施しは甘えしか生まない。…と。


 自分たちで努力していい暮らしをしようという気力を奪い、与えられているのが当たり前になってしまう。これでは共産主義の国とおんなじ末路になってしまう。


 そう言われて、考え方を改めて、貧困地域を抱えた国と交渉して、数年後以降の生産された産物で返済することで合意し、次々に救済していった。


 数年後の目安は食料自給率だ。これが80%を超えないと返済ができないことになる。

 国家の意地もあるので、早々にこれらは達成して返済してくれることになるだろう。

 国家が施しを受けている状況で国民の知力が向上すると、無能な政府はすぐに転覆してしまう危機があるからだ。

 その活動はそれぞれの政府から国民に説明してもらい、働けるものはどんどん借り出して、参加してもらった。


 貧困にあえぐ国民からすれば、自分たちの国の浄化と田畑を耕すことで、食うのに困らなくなるので、どんどん参加者は増えていった。また、医療チームも同行していたため、地雷で足を失った人なども義足を与えて、身体も完治させていった。


 日本政府がこれらを行おうとすると国家間の見栄や世間体が邪魔をしてなかなかうまく進まない。そこで民間の出番となったのだ。


 リラックス・ポットも大量に動員して、モラルの向上、基礎学力の向上に大いに役に立ってくれた。洗脳まではいかないが、それぞれが自分と周りの人のことを考えるための基礎学力の向上に主眼を置き、特に『考える力』の向上に主点を置いた。


 主義主張は今後大いに議論していけばいい。


 しかし、我儘やエゴや独占欲で他人を陥れるような人が減ることを祈るばかりだ。


 そしてこれらの活動はやがて先進国にも浸透していった。

 先進国にも貧困層は存在しており、特に行き場をなくした密入国者などは深刻な社会現象にまでなっていた。

 そこに俺たちが入り込んで生活向上と学力向上のための寺子屋を展開していった。


 『TERAKOYA』は、瞬く間に世界中に広がった。


 そしてその国の政府と交渉して、国民になれるためのプログラムを作成していった。

 国籍取得のための試験を実施することにしたんだ。

 基本的なモラルはあるか、所属する国に忠誠を誓えるか。

 これらを試験し、合格者にのみ国籍を与えることになった。


 これはあらゆる国で抱えていた問題でもあり、合衆国を皮切りにあらゆる国が採用しだした。

 また、これらの活動を陰ながらサポートしてくれていたのが、巌、美千代夫妻と大蔵さんだ。彼らがロビー活動をして、各国のセレブや政府高官たちにリラックス・ポットを体験させて、その国の問題点を抽出していった。


 今現在でほぼすべての国でTERAKOYAの活動は行われている。


 国籍が取れれば、教育も医療も受けれるようになる。

 部屋も借りられるし、就職もできるようになる。

 TERAKOYAの活動はノーベル平和賞に推挙されそうになった時点で早々に辞退を表明している。


 これからも俺はそういう困った人たちの救済のために世界中を回っていきたいと考えていた。



 翌日早速すべての事業からの引退を発表した。



 そうしてそれから一年の月日がたったころ、皆が気づかぬうちに俺は地球上から姿を消した。



 第一部 完

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鉄砲玉ぴちゅん 鴨川京介 @csones

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