第51話

「いくぞー!」


 大きめの筒状の花火を地面に置き、ボクらに構わず無邪気にライターで導火線に火を付ける。筒から見事な花火が噴き出し、葵と凜の顔を照らす。倫太郎はそのままいくつもの花火に火を付け、手持ち花火を剥いていく。


「なんか子供の時みたいだね。私花火って四年ぶりくらいかも。小泉くんは?」


「小学校の時、母さんとやって以来だな」


 花火を剥きながら、凜はいそいそと律儀に同じ種類に分けていく。分けられた上から追加で足されていく花火を、凜がまた分けていき、きっちりと揃った花火を葵が手に持った時、


「あ、いたいた。おーい小泉クーン」


 頭上から降ってきたのは、友紀たちだった。もちろんキルハイはいないものの、全員がこちらに向かって土手を降りてきていた。


「あ、おっつかれー!」


 葵が携帯片手にぶんぶんと友紀たちの方へ手を振る。いつの間にか呼びつけていたらしい。


「葵チャンからここだって聞いたからさ。感想も聞いてないのに解散なんてできないでしょ。それにほら、ちゃんとお礼言ってなかったし」


「礼って?」


「歌詞だよ。おかげで大成功。PVなんてすごい勢いで再生されてる。それもこれも全部小泉クンと葵チャンと凛チャンのおかげだよ。ありがとう」


「オレからも礼を言うぜ。三人とも協力してくれてありがとうな! 小泉はこれからもよろしく頼むぜ!」


 友紀と春彦に手を差し出され、ボクは自然とその手を握った。まだ耳に残っている迫力あるライブは、またさらにボクの世界に大切な音を残した。


「ボクこそ、ありがとう。こんな経験できるなんて、夢にも思わなかった」


「お、おい暁……。本当に、友達だったんだな……」


 さっきまでハイテンションを貫いていた倫太郎が口をパクパクしながらボクらを見ていた。友紀が目を丸くしながら、最前列に割ってきてた人だよね、とボクに耳打ちしてきた。


「こちら、倫太郎。『またいつか』の歌詞の、アイディア提供者」


「あれ、葵チャンだけじゃなかったんだ。よろしくね倫太郎クン」


「ちょっと友紀、多分この人年上でしょ。ウチとタメくらいじゃないの?」


「あ、いいんすよ、全然……、はは」


 一緒に見ていたバンドが現れたことによって倫太郎はしどろもどろだったが、ピエロの面々はそんなこと気にも留めない素振りでさっさと打ち解けていった。倫太郎とピエロのコミュニケーション能力の高さが功を制したようだ。


「ねえ倫太郎クン、PV出ない? 新曲のイメージにピッタリなんだけど」


「こらこら友紀。またお前はすぐ……」


「あは、なんかつい最近同じ会話聞いた気がするよ~? 友紀くん、ナンパめちゃするじゃんっ!」


「じゃあその話は追々ね。今は打ち上げを楽しもっか、皆!」


「おー!」


 合流前にピエロたちも買っていたらしい追加の花火が次々と足されていく。楽器類は芝生の上に寝かせ、総勢九人での花火大会が始まっていた。葵が花火に火を付けると、オレンジ色の光に顔を光らせて笑う。凜も傍らでピンクの光を浴びていた。

 ジュース片手にそんな様子を見ていると、友紀がボクの前にやってきた。


「小泉クン、見て見てー」


 両手に三本ずつ握った友紀がボクから遠ざかると、くるりと一回転。すると火花があちこちに飛んで、友紀の体の周りで舞っていた。それが驚くほど綺麗で、葵が目をキラキラとさせながら友紀を見ていた。


「うおっ、危ないだろ友紀」


「尚も一緒にやろ? 俺なんて四本持っちゃうもんね~」


「なんのー! オレも負けねえー!」


 陽太と春彦が片手に五本の花火を持ってぐるぐると回る。二人は三回転ほどして目が回ったと言わんばかりにへろへろとその場にへたり込む。

 そんな様子を涼が呆れたようにビール片手に眺めていた。そんな涼の手を葵が引いて、強引に小ぶりの花火を持たせた。照れ笑いするように花火を眺め、凜が三本ほどの花火をボクに差し出す。


「さ、さ……」


「凛、小泉くん! 早く早く~!」


 葵がボクらを呼ぶ声が聞こえると、凜はびくりと肩を震わせてぎこちなく笑った。


「さあやろう、今すぐやろう!」


 暗がりの中、凜が差しだす花火を受け取り、ろうそくの火で火を付ける。それは青色の花火で、しゅわっと音を立てて勢いよく噴き出した。目に映るのは色とりどりの花火と、それを持つ皆の笑顔だった。


「こんな世界が、あったんだな」


「ん、何か言った?」


「いや。なんでもない」


 にこりと笑った凜は何本も何本もボクに花火を差し出す。さすがに目が疲れたと断り、少し離れた芝生で煙草を吸う倫太郎の傍に座った。思ったより疲れていた足が一気に弛緩し、後ろ手に手をついた。


「どうした、疲れたか?」


「全然……うん。疲れたかな」


「でも楽しいだろ」


「……そうだな」


 ふぅと煙を吐く倫太郎の煙を追いかける。その先には無邪気に遊び回る皆の姿があった。


「ボクはずっと一人だと思ってたけど、そんなことなかったんだな」


「あったりまえだろ! 俺らは今日あったとこだけど友達だし、あんなにいいヤツらと友達じゃねえか。それだけでお前は一人なんかじゃねえよ」


「こんな話がなければ、ボクも恋なんて知らなかっただろうしな」


「え、お前まさか……?」


「あぁ、好きな人が出来た」


「青春だなぁ、おい!」


「まじ⁉」


 驚愕した声はいつの間にかボクらに近付いてきていた葵からも発され、そして葵は苦虫を嚙み潰したような、そんな顔をしていた。


「そっか、好きな人出来たんだ……。へへ、これで暁くんも恋をする一人だねぇ」


 取り繕ったように笑う葵はボクに手を差し伸べた。その手を掴むと思いっきり引っ張り上げられる。意外と力強いんだな。


「さ、とにかく遊ぼ! 倫太郎さんも、ほらぁ!」


 尻を叩かれるように輪に戻され、大型の花火に次々と火を付けていく。手持ち花火もどんどんなくなり、友紀の持つ線香花火が落ちたころ、ボクらは解散となった。

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