第50話
何度も聞いた。何度もスタジオで、iPodで、何度も何度も。
それがこれほどに誰かに届くなんて、想像もしなかったのだ。
そこかしこから聞こえる歓声に包まれながら、ボクは何とも言えない全能感に包まれていた。ボクの中の何かが決定的に変わったあの日。
あれからたくさんのことがあった。たった二週間と少しの期間に、ボクはもう何かを生み出せる人間にまでなったのだ。
ボクの周りの三方から鼻をすする音が聞こえる。真っ先に葵に目をやると、歌詞を読んだ時の様ではなく、それでも悲しい涙ではないことだけはわかる表情で涙を流していた。
そうしてピエロの出番が終わり、またキルハイへ。五曲ごとの交代で、計二十曲ものライブが終焉へ向かい、気が付けばアンコールが響いていた。
葵も凜も、倫太郎も。全員がアンコールを叫んでいる。そんな中ボクは何も言わずに、ただぼうっと立ちすくみながらステージを眺めていた。
そんな中、葵はボクの手を取り、思いっきり上に引っ張り上げた。凜もボクの手を取り、ボクは両腕を天井に突き上げる形で交互に二人の顔を見た。そして葵は輝く笑顔で、
「何してんの! 暁くんも言うんだよ!」
そうボクに叫んでからまた楽しそうにアンコールを続ける葵。ボクの周りからも、ずっと聞こえるアンコールの声。そしてボクは人生単位で初めてレベルの声で叫んだ。
「アンコール!」
強く叫ぶと同時に、キルハイとピエロがステージに登場した。最後の二曲は、なんとキルハイとピエロの合同演奏だった。
一曲目はピエロの『ドラマ』。そして本当のラスト曲はキルハイの『world』だった。キルハイの初期の頃の曲で、ライブでは定番化した曲だった。
ボクと葵と凜は三方向で手を繋ぎながらコール&レスポンスに喉を焼きながら、それでもこれまで生きてきた中で一番の大声を張り上げていた。会場全部が一つになって、大きな世界を作り出す。
これが、ライブ。
見ず知らずの人と音を共有し、同じように楽しみ、そして時に涙して、笑う。ボクの生きる、今の世界。なんて眩しいのだろう。だけどそんな世界にボクはもう居る。
そうして曲が終わると、全員が楽器を置いて手を繋ぎ、そして礼をして去っていく。ステージライトが消え、ライブハウス内が明るくなり、そして観客たちが外へ外へと雪崩れていく。
ようやく外に出ると、ぼやっとした耳鳴りに身を任せながら、あの一体感からまだ解放されないままぼうっとライブハウスを見上げていた。
葵と凜が楽しそうに笑いながら、口々に感動を言い合っていた。
「まじ、すごかったねえ! めっちゃ楽しかったんだけど!」
「本当に、感動したぁ……。私、今までのライブの中で一番かも……」
「ダウン。いや、暁」
ライブハウスから目を離し、ボクと同じ目線の倫太郎と目が合う。まっすぐボクを見る倫太郎の目は、少しばかり潤んでいた。
「ありがとう」
「え?」
「本当に、ありがとう……!」
涙を流す倫太郎に、葵と凜が駆け寄ると、腕で目元を拭うと、倫太郎はピエロの物販に行くとさっさと物販列へと向かって行ってしまった。
開場前の物販とは違い、ピエロの列はかなり長蛇となっていて、それがどうにも誇らしかった。
「はぁ、ほんとに楽しかったね~」
葵が伸びをすると、ボクの耳も通常に戻って来つつあり、気が付けば人もまばらで、倫太郎が戻ってくるころにはさっきまでの賑わいはどこかに首を引っ込めてしまったようだった。
「さってと。高校生諸君はもう帰る感じ?」
物販物をリュックに詰めた倫太郎はまだ興奮冷めやらぬといったように笑っていた。
「何も考えてなかったな、そういえば。倫太郎はどうするんだ?」
「いやあ、時間があればでいいんだけどな? これ、なーんだ」
やたらパンパンのリュックから取り出されたのは、小さな花火セットが三個。ライブハウスにこいつは花火なんて持って来ていたのか。まあリュックはコインロッカーに預けていただろうから、いい、のか?
「うわ、花火じゃん! なんで持ってんのさぁ」
「夏の風物詩って感じ、ですね?」
「高校生に会うって思ったら、やっぱ青春の代名詞は必要かなって思ってさ。どう、時間ある?」
にやりと笑う顔も様になる倫太郎に、ボクたちは満場一致で賛成とした。バケツはないから、コンビニで二リットルのペットボトルとゴミ袋を調達し、街からボクらの地元の方面へ向かう電車に乗り込む。
途中下車すると、大きな川の河川敷があり、ボクらはそこを目指す。倫太郎はまたコンビニによると、そこで大きな花火を追加で二セットと自分用に酒、ボクたちにジュースを奢ってくれ、ボクらはあれよあれよという間に河川敷へやってきた。
土手へ降りると、かなり遠くでも花火に興じる若者の声が聞こえた。芝生以外はサイクリングロードとして使われている河川敷は、絶好の手持ち花火スポットなのだと倫太郎が意気揚々と教えてくれた。
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