第46話
「ダウン、お前……。ちゃんとリア充じゃねえかよ! 可愛い女の子二人も連れてさぁ。俺なんて一人参戦だぜ?」
「まあまあ~! 倫太郎さんもチケ番良かったらちゃっちゃと前来ちゃったらいいんだよぉ。そしたら実質四人じゃん?」
肩を落とす倫太郎の肩に手を置く。ちくりと痛む胸をよそに、倫太郎はチケットの番号を見ると、まんざらでもないようにぐっと拳を握った。
「いいこと言うじゃん葵ちゃん! おじさん頑張るぞ! 二十一歳の本気見せてやるぜ!」
「そんなおじさんじゃないじゃんねえ、小泉くん」
「あ、あぁ」
四人で一気に意気投合したが、開場時間はもうすぐそこで、ボクらはさっさと受付へ向かった。関係者として入るボクらは、オールスタンディングのライブハウスの最前列に場所を陣取った。
だだっ広い箱の中に、ピエロの楽器類がそれぞれの位置にセットされている。その傍らにはもちろんキルハイの楽器もある。葵、ボク、凛の順でど真ん中を占領し、二人はボクを挟んで興奮を抑えきれないようにお喋りに夢中だった。
葵はボクをもう名前では呼ばないのだろうか。なぜ、何が原因だ?
一気に距離が縮まったと思っていたのに、実際はそんなこともなかったということなのか?
「わ、わぁ……。私最前列って、初めてだよ……。なんだか緊張しちゃう」
「あたしもあたしも! いつもいけても三列目くらいだったしさぁ」
「それって、すごいいい整理番号じゃない?」
「無理矢理前に行くんじゃん、あったりまっしょ!」
数人の関係者がいるものの、ボクは目の前のステージを眺めて、非現実間にどっぷりと浸かっていた。
キルハイのアルバム曲が小さく流され、ステージの照明は落とされていてどことなく薄暗い。どきどきと胸が高鳴る。
そうこうしているうちにばたばたと数十人単位の足音が近付いてくる。ぎゅうぎゅうとすし詰め状態になるのは時間の問題だろうと言わんばかりに人が入ってくる。
さっきまでがらんとしていたはずの会場内はもう人でいっぱいなのに、まだまだ足音は途絶えない。
「ねえ、あそこにいるの、倫太郎さんじゃない~?」
後ろを振り返る葵が嬉しそうに手を振る。気付いた倫太郎が手を振る。なるほど、確かにすぐそこにいる。これならライブ中どさくさに紛れて前に来るのもできそうだ。
「あんなかっこいい友達いるなんて知らなかったんだけどぉ!」
「ほんと、とってもかっこいいお友達だね、さ、さ、さ……」
「さ?」
凜が口ごもる先が気になってつい促すと、顔を真っ赤にさせた凜が困り笑いを浮かべながら「さすがだね……」と肩を落としていた。そんな様子をくすくすと笑う葵。
ライブハウス内の照明が落とされ、辺りは真っ暗。それなのにそれを合図にするように観客たちは叫んでいた。そこらじゅうで聞こえる歓声に応えるように、キルハイの代表曲である『サイズ』のイントロが流れ出した。
葵と凜も負けじと歓声を上げ、そしてステージにスポットが当たる!
輝く楽器。ずんずんと歪む音。溢れ出るアドレナリン。テレビでしか見たことのなかったキルハイがそこで、歌っている。
会場のボルテージが一気に上がり、そこから連続で『愁い』『感情』を歌い上ると、改めてボーカルのsyouがキルハイの紹介を始めた。
ドラムのhuuto、ベースのyuusuke、そしてryouta。ハモリも担うryoutaは友紀と幼稚園からの幼馴染で、今回の対バンが実現したことを話す。どちらのアルバムもぜひ、と宣伝を済ませると、熱気が冷めないまま『死んだ僕に花束を燃やして』が始まる。
沈んだ自分を救い上げるように歌い上げる彼らに、ボクはふと葵へと目線を向けた。
ボクが歌ったとき、ぼろぼろと泣いていた葵は、あの向日葵の笑顔でキルハイの音楽に耳を傾けていた。
それを見ただけで、ボクはなにもかもが吹き飛んだ。
葵にはやっぱり、この笑顔が似合う。この笑顔だ。ボクが、一等好きなのは。
ライブに来た時、ボクはきっとこの世界にはきっと誰もいなくて、それがたまらなく虚しく感じるだろうなんて斜に構えていた。
結果は両隣に葵と凜が居て、ボクの肩を叩く倫太郎が居て。ボクの世界にはとっくにたくさんの人がいて、たった一人なんかではないと言われているような気がした。
それから三曲ほど披露した彼らは袖口に戻っていき、ついに友紀たちが登場した。スタジオの様にメンバー全員の顔を見て、友紀は腕を振り上げ、そして。
ギターのコードが溢れる。メンバーの音が爆発する。キルハイよりも控えめではあるものの、歓声が大きく会場を揺さぶらせた。
「今日はオレらのことも覚えてってくれよな!」
ステージ上で叫ぶ友紀が歌うのは前日にタイトルが決まった『コネクトワールド』だった。ロック調にギターが歪み、早めのBPMが心臓を打つ。スタジオとは違う音がびりびりと体全身を震わせる。友紀から漏れ出る言葉たちは確かにボクが紡いだものだ。
それをこんな大勢が今、耳を傾けている。
零れる歌詞に耳を澄ませるのは、両隣の二人も同じで、そしてボクも同時にステージからは目を逸らせなかった。完成された曲は、既にこうしてピエロから大勢に乗せられていく。ボクが描いた世界が多数と同期した。
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