第31話

 ボクの部屋の前でいつまでも感動に浸っている母さんをリビングに押し戻して、友紀にごめんと謝ると、友紀はまた面白そうに笑った。


「いいじゃん。良い人だね」


「ちょっと大げさすぎるけどな」


「それがいいんじゃん」


 ちゃかちゃかとスタジオで聞くよりも控えめなギターの音色を聞いていると、母さんが「ちょっと買い物行ってくるから!」とやかましく出て行く声と音を聞いてまた友紀は笑った。

 ここに来て友紀は笑ってばっかりだった。それにつられて、ボクも笑った。心の底から、声を出して笑った。


「小泉クン、やっぱり面白いね」


「そうかな。ボクは別に、何もないよ」


「そんなことないじゃん。人間、面白くない奴なんていない。これは断言できる」


「へえ、なぜ?」


「なぜってそりゃあ、人間それぞれ生きてきた時間があるからだよ。小泉クンはセンスあるよ。だから詞だってあれほどウケたんじゃん。葵チャンを思い出してよ、あれほど泣いてたじゃん」


 思いのたけをぶつけたあの詞に、葵は涙を流した。そしてはっきりとどれもこれも素晴らしいと言葉をかけてくれた。そして楽曲という作品に昇華された。それが今日聞いた曲たちだ。

 それらが証明することはそれすなわち、ボクの中にある、友紀の言葉を借りるとセンスということなのだろうか。


「ま、難しく考えなくていいと思うけどね。しばらくはゆっくりしててよ。今度は完成した曲聞いてもらってブラッシュアップに付き合ってもらうつもりだから」


 ライブまであと二週間。彼らはこれから練習に打ち込んでいくだろう。曲で言うと十五曲ほどやる予定と言っていた。音源化されていない過去の作品とアルバム、そして新曲。過密スケジュールの中、さらに三曲は新曲を出したいとさらに今後のイメージを膨らませていく友紀。


 そうしているうちに、話は転がっていき、ボクらはひたすら話をした。

 涼と春彦が付き合った当初は脱退すると言い出して大変だったことや、陽太が朝の練習は毎回遅刻ギリギリなこと。

 多田はああ見えて少し抜けている所があったり、友紀の両親がミッチーさんと仲が良くて、それでいて実は昔にバンドをしていたからこっそり歌を教わっていたことなど、様々。

 その全てが音楽に繋がって、友紀はそれらを楽しそうに話していた。そうこうしているうちに母さんが帰ってきたと思いきや、両手に袋を抱えて自室の扉を蹴り開けた。


 中にはお菓子とジュースがこれでもかというほど詰め込まれていて、もちろんその中には自分用のお酒もちゃっかり仕込まれていて、宴会をしようと言い出す。時刻はもう十時半を回っていたため、友紀は丁重に断りを入れているのに強引に泊って行けばいいじゃない! と笑って返す始末だった。

 困り果てた友紀は、苦笑いをしながらも、最後には母さんの強引な押しに負けてお言葉に甘えてお邪魔します、と済し崩しに泊まることになった。


 再度家に連絡をした友紀は、放任主義の家だからとあっさり許可を得て、リビングで大量のお菓子をつまみながら、母さんは根掘り葉掘り友紀に質問攻めしていた。

 ボクはお菓子を頬張りながらそんな場面を見ていた。ボクの友達と話すなんてなかなかない経験をしている母さんは、今までにないほど上機嫌だ。


「この子無口でしょ? 上手く付き合っていけそう?」


「小泉クンは面白い子ですよ。俺、彼の才能買ってるんで」


「嬉しい事言ってくれるじゃない! そう、この子はね。天才なの!」


「はは、間違いないっス。良い歌詞書いてくれたんスよ」


「だってこの子、ほんっとにませててね? 幼稚園の頃なんて短冊に将来の夢はクリエイターって書いたの」


「なんだ、小泉クンは俺らよりも早く夢、叶えたんじゃん」


 そう笑った友紀に、ボクは返事をしないままコーラを流し込んだ。炭酸が鼻に抜けて盛大にせき込む。そうしているうちに一筋涙が伝った。


 そうか。夢はこう叶うんだ。


 ボクの描いた小さい頃の夢は、勝手に諦めていたように装っていたものだった。それを友紀が引っ張りあげて、そうして叶った。

 あれほど渇望していた、大きな夢。それは誰かの助けがなければ絶対に叶わなかった夢。これが、人と関わるということ。


「この子、図体はでっかいくせにいろいろあってふさぎ込みがちになっちゃったけど、友紀君みたいな子が友達になってくれて本当に良かった。母さんは安心しましたっ!」


 嬉しそうにポテチを頬張りながら満足そうに笑う母さんと「俺も友達になれてよかったっス」と笑う友紀に、ボクは気恥ずかしさと、その気持ちを上回る感動が全身を打ち付けていた。

 絶望しなくとも人と関われる。誰もボクを馬鹿になんてしない。だからきっとこれから何があっても、傷ついたって。きっとこうして誰かと関わることを、もう怖れたくない。


 これほどに煌めく世界を、もう手放せそうにはなかった。

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