第26話

 はっきり言うと、かなり骨の折れる買い物だった。


 着いた先は大きな買い物をする際によく来るイオンだった。着いて早々、母さんは家具屋へと直行した。

 十分ほど吟味してさっさと本棚を二つも先に買った(しかも家で組み立てるタイプのもので、これは必ずボクが組み立てる羽目になるだろう。)おかげで一度車にそれらを詰め込み、もう一度イオン内へ戻るという、なんとも非効率なスタートとなった。


 立て続けに本屋に入ると、さっきの本棚はたったの十分で決めた癖に二時間も本屋を彷徨い、そうして会計された数十冊とボクが所望した四冊が重すぎて、また車に戻って荷物を置くことに。どれだけ行き来すればいいのだろうか。

 本棚と本くらいだろうと思っていたボクは、そのまま助手席に乗り込んだのだが、母さんはまだ回るから! とボクを助手席から半ば引きずり降ろしてまたイオンへと戻っていくことになった。

 お互いの服やら雑貨やら食器やら、やたらと大荷物を持たされたおかげで疲労が溜まっていく。むしろもう腕が千切れそうなくらいの荷物だった。


 ボクはもう即刻帰りたいと願っていたのだが、ボクの疲労は母さんに伝わるはずもなく。気が付けば母さんはなぜか電気屋へ入っていった。一体何を買うつもりなのかと後ろを着いて行くと、最初から目を付けていたのか一台のパソコンの前に停まり、即座に店員を呼んで一括購入するという行動に出た。


「母さん、パソコンとか興味あったの」


「これはねえ、アンタの。作詞するんでしょ? 調べてみたら今どきはパソコンでするのが主流なんだってね」


「そんなこと言ったって長く続けるかわからないだろ」


「一台くらいあったら何するにも便利でしょ。こういのはね、形から入るのが一番なの」


 という持論を展開した末に、家のWi-Fi契約をも済ませ、かなりの大荷物を抱えて家に帰ってくることになった。気が付けばもう夕方の四時を回っていて、約束にはあと三時間しかないことを悟った。


 これは、家に着いたらすぐにでも組み立てに取り掛からなければいけないな。


 朝より幾分か弱まった雨に打たれながら全ての荷物を家へ運びこみ、母さんが優雅にコーヒーを啜っている間にせっせと本棚を組み立てた。出来上がった本棚の置き場を聞き、ボクの部屋にも新しく増えた本棚に溢れていた数冊の本を立てかけた。

 疲労に浸かった体をベッドに放り出し、スマホの時間を確認したらもう十七時半を過ぎていて、まだパソコンを机に展開させる仕事まで残っているのかとため息を吐いたとき、部屋の扉が開いた。


「じゃ、母さんレンタカー返してくるついでに飲みに行ってくるわ~。ご飯いらないんでしょ?」


「いらない。飲みすぎんなよ」


「大丈夫大丈夫~」


 あまり信用ならない声と共に、自室の扉が閉まった。さて、配線を完了させたら後は終わりだ。一時間で終われるのだろうか。

 微妙なタイムアタックを強いられたボクは、とりあえず段ボールのビニールテープをカッターで切り裂くと、中には新品のデスクトップが現れた。

 ボクも母さんもよくわからないパソコンという代物は、家電量販店の言われるがままモニターとハードで一体化されたスタイリッシュな見た目の物を選んでいる。


 接続も設定も簡単だという触れ込みだったが、いかんせん重い。精密機器だからぞんざいに扱う訳も行かず、ボクはとりあえず机に置き、説明書通りに配線を組み、そうしているうちに十八時半を回り、ベッドに放り投げていた鞄をひっつかんで外に出た。

 まだパソコンの配線は終わっているわけもなく、明日のボクか、帰ってきたボクが頑張るだろうと半分ほど他人任せな気持ちだった。

 雨は上がり、黒い雲が途切れ途切れで空を支配している。まだじっとりとした湿気が残り、アスファルトからはそんな湿気特有の匂いに包まれていた。


「やっほー小泉くんっ! 元気してたぁ?」


 いつもの広場に差し掛かると、葵がこちらにぶんぶんと手を振ってきた。その傍らには凜と春彦、涼の並びで、なんとも不思議な光景だった。昨日ぶりの葵は、送られてきた画像と違う恰好で、どこかさっぱりとしていた。凛も制服姿ではなく、黒のスキニーパンツにTシャツを身にまとっている。


「涼さんのお家近かったからさぁ、お風呂貸してもらったんだぁ。ちょ、聞いて聞いて! まさかなんだけどねぇ」


 手招きを受けて葵の傍に近寄ると、内緒話をするように口元に手をやった葵に、反射的に少しばかり屈んだ。葵の髪が僕の右半分にかかってこそばゆい。吐息がかかり、そして耳に葵の声が直接流れ込む。


「あの二人ねえ、同棲してるんだよぉ」


「え」


 驚く間もなく春彦と涼を見やると、どこか納得といったところもあった。他のメンバーよりも距離が近く、それでいてお互いを分かっているかのような、そんな雰囲気。


「いやあ、隠してるつもりはなかったんだぜ? 別に話すようなことでもないかなーって思ってたら言うタイミングなかったてだけでよ」


「言い訳がましいよ春彦」


 豪快に笑う春彦にツッコミを入れる涼を、葵は笑顔で眺め、そしてぽつりと「……いいなぁ」と漏らした。その言葉にどんな含みがあるのかもわからず、明かされた二人の関係性なんかよりも、葵のその一言の方がよっぽど気になった。


「ねえ葵ちゃん、私そろそろ……」


「あ、今日バイトだっけ? 頑張ってねぇ!」


「うん、お二人ともお風呂ありがとうございました。またね、小泉くん」


 凜がボクらに手を振ると、何の気なしにボクも手を振ってみた。いつも何も返事を返さないのは、いささか失礼ではないかと不意に思ったのだ。

 くるりと踵を返した凜から目を逸らし、スタジオへ向かう。ミッチーさんの受付を超えて、ボクらはスタジオの中へ入った。既にメンバーは揃っていて、それぞれがそれぞれの過ごし方をしていた。

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