第27話

「よっし、集まったね。小泉クン、ちょっと聞いてほしいのがあるんだよね、聞いてくれる?」


 アコギを構えた友紀は、知らないメロディを奏でた。そして歌が始まる。それはボクが書いた二つ目の歌詞だった。


 君がくれたプレゼント

 中身が詰まりすぎて捨てきれない

 でもいらない

 君がくれたプレゼント

 悲しみなんて受け取れないよ

 

 しっとりと歌う友紀に、残りのメンバーが音を重ねていく。春樹の力強く叩かれるドラム、低く唸る涼のベース、小さな陽太に大きなギターは美しくコードを奏で、丁寧に乗せられて違和感なくピアノの旋律が響き、ボクの書いた詞をすっかり自分のモノにしながら歌う友紀。

 本当にボクが書いたのかどうかすら怪しい。あの詞を見せたのは、つい昨日だというのに、気付けばボクの歌詞は既にピエロの物になっていた。



「どうだった?」


「すっごぉい! 昨日読んだ感じじゃまだよくわかんなかったけど、こうして聞いたらほんっとに感動しちゃったぁ!」


「葵チャンじゃなかったんだけどな、聞いたの」


「え、うそっ! ごめんごめぇん。小泉くん、ほらっ」


「え、えっと」


 しどろもどろになりながらも、こちらを見る皆に対してボクは「かっこいいと思う」とかいう当たり障りのない言い方のみを残して沈黙してしまう。ボクの持つ言葉の中に、心を震わせたこの感情を表せる言葉が見つからなかったのだ。


「徹夜で作ったんだよね、皆アドリブで入ってきてくれてありがと~。このまま詰めていこっか」


 メンバーに向きなおり、アレンジがどうとかの話をしている友紀たちに釘付けになる。既にピエロの音楽の一部となったボクの詞が、目の前で作られていくことにかなり心を揺さぶられていた。

 数度今の曲の練習をしていくうちにギターとベースのソロが出来上がり、ドラムとピアノのアレンジが出来上がっていく。メロディーに沿うように何度か歌詞の修正を施し、大きな骨組みは出来上がっていく。


「さって、この曲はここまでかな」


 緩やかに別の曲に練習が移り、最初の依頼として受け取っていたデモ音源の練習を始めたとき、ボクの気持ちが溢れた歌詞がまたもやメロディに乗った。今度は少し気恥ずかしさがあった。二つ目のものと違ってこの歌詞は、ボクの気持ちそのままだからだろうか。


「――――――――」


 爆音のメロディが葵の声をかき消す。その声がボクの鼓膜に届くことはなかった。もう一度聞くのも違う気がして、キラキラとした目で練習を見やる葵からメンバーへと視線を移した。


「さって、細かい決めは明日だな。対バンまであと二週間だ、気合いれっぞー!」


「うるさい」


 ぴしゃりと涼に一刀両断された春彦は、それでも元気よくアドリブのドラムを鳴らした。そしてそれに合わせるようにじゃんっと鳴り響くコード。友紀がボクらに向きなおり、頬を伝う汗を拭う。


「せっかくPVができたからね。じゃあ二人に捧げます。『ドラマ』」


 旋律が奏でられていく。未完成のものではなく、完成された一曲である『ドラマ』が鼓膜をくすぐる。

 PVのストーリーを知っているからこそ、物語の裏側を知っているからこそ、この曲がまた違って聞こえる気がする。たくさん読んできた物語よりも、遥かに切ないラブソングだと感じられるほど。


 演奏に火が付いた彼らはミニアルバムに収録された全曲をやりきり、ボクらはまるでミニライブを見に来た感覚のまま練習は幕を閉じた。

 楽器の片付けをしている彼らの内、早めに片付けの終わった多田が葵にPVの謝辞を伝えていた。褒め上手な多田におだてられて機嫌の良さそうな葵から、ボクへと歩み寄ってきた。


「小泉も歌詞、ありがとな。かなり助かったよ。最近友紀の奴、本当に同じ言葉しか歌詞が書けないって嘆いてた所なんだ」


「こちらこそ。それよりさっきも練習ってより、ボクらに向けて演奏してただろ。練習なのにいいのか?」


「本番の練習になってちょうどいいんだよ。お前らがいていい事こそあれ、悪い事なんて一つもないよ」


 白い歯を見せて笑う多田に、じゃあまた遊びに来てもいい? と嬉しそうに葵が絡んでいく。それにこれまた爽やかにいつでも小泉と来いよ、なんて会話をする二人に、これほどお似合いな二人は早々いないと思うと、ちくりと胸に針が刺さった。

その針はすぐに抜けて、何事もなかったかのように心の中は平穏を取り戻した。

 あの感覚が何なのかわからないまま、ボクらはスタジオを後にした。


 夕闇に閉ざされた空の下を歩き、ボクらはお決まりのファミレスに入った。高校生がファミレスにたむろするのは、どうやら物語の中だけではなかったらしい。

 荷物番の為に二手に分かれ、最後に戻ったボクに残されていた端の席に座ると、各々が話に花を咲かせていた。隣の葵も、真横に座る多田と陽太とのお喋りに夢中だ。


「なんかさあ、小泉クンも大分馴染んできたよね。なんか楽器とかできないの?」


「こらこら友紀。歌詞の提供だけでもかなり助かってるのに、これ以上は失礼だろ」


 ポテトを頬張りながら子供の様に笑う友紀を嗜める多田。ボクがステージ上に立つなんて、これ以上はさすがにキャパオーバーだ。想像するだけで目の前がくらくらしてきた。


「メンバー入りは冗談としてもさ、ほんとできた歌詞だよね。これからも頼むよ。なんせ今はまだピエロ専属の作詞家なんだから、これからもいい歌詞書いてもらわないとね」


 胸元のシルバーアクセをいじりながら、涼が微笑みかけた。最初はあれほど冷たい人だと思っていたのに、ボクはその微笑に「機会があれば」なんて返事ができるほどには、この距離感に慣れたらしい。


「ほんとほんと。九月のワンマンの時もなんか新曲作りたいよねん。まさか友紀が一日で曲書いてくるなんて思ってなかったからな、俺も次までに頑張っちゃうぞ~」


 陽太がやたらに気合が入ってるところに、すかさず春彦がその前に髪の色を戻したらどうだ? という一声でメンバー内で笑いが起きる。


「九月のライブってなになにぃ?」


 葵が多田の袖を引っ張る。今日は少しばかり狭い席のせいで、隣同士の距離がやたらと近い。多田と葵の距離も、既に腕と腕が触れ合うほどだ。スタジオで感じた針の感覚が襲うが、またすっと消えていった。


「九月の中頃に初ワンマンするんだ。今の新曲ラッシュは年末にフルアルバムリリースのためってとこかな」


「すっご! 九月のライブも遊びに行っていい?」


「もちろん」


 二人はまるで美男美女のカップルのように見えた。さも当たり前かのように、ボクの真横でそんな会話が繰り広げられている。

 途端にいたたまれなくなる。ボクとは縁のない二人がカップルだったらという妄想はきっと、ここ最近ずっと恋愛物の小説を読んだり歌詞を書いていたからだろう。


 二人の姿を見ていたたまれなさとか嫌な気持ちが、沸騰しかけているお湯の気泡のように湧きあがってくる。葵と居ると初めて感じる気持ちが多くて少々目まぐるしすぎる。


「そういえばずっと気になってたんだけど、葵チャンと小泉クンってどういう関係?」


「もしかして……⁉」


 陽太がすかさず手をハート型にしてボクらに向ける。さっと顔が赤くなるボクに対し、葵はけらけらと笑ってみせた。


「違う違う、たまたま助けてもらった、的な? 理由はいろいろだけどぉ、今は仲良し!」


 ボクに腕を絡めた葵に、体がびくりと跳ねる。友紀のにやけ顔がちらりと横目に映り、ボクの目線があちらこちらに飛ぶ。こんな時にどういう顔をすればいいのかわからない。

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