夜歩きさん

一ノ路道草

夜歩きさん

 午前3時から4時は、この世で最も空気が純粋だ。きっと、人間があまり出歩いていないからだと思う。


 人間が居るところはいつだって汚い。だから、人間が居ないこの時間だけは、空気がとても美しく、綺麗なんだ。


 この時間に会社から帰宅すると、いつも気分が良い。人間がほとんど居ないから、どこまでも純粋な、汚れていない空気に身を浸し、暗闇に溶けて漂う感覚がする。


 今日も近道に、小さな森の中を通り過ぎる。無粋な明かりや騒々しさなんて一つも無い。木の葉と虫たちの楽団がこの上なくクリアに聴こえる。風に吹かれる木々の一つになった気分だ。


 森を抜けると、しばらくは何も無い真っ暗な畑が続く。それでも時折、人間の立てる雑音や光が通り過ぎる。いつかこの一帯だけでも、上手く取り除く方法は無いものだろうか。


 墓地の前を通ると、墓石の真っ黒な影の中に、さらにどす黒い、もやのような何かが佇んでいたり、ゆらゆらと蠢いている時がある。それらは人間なぞよりもよほど美しく純粋に澄み切っていて、つい立ち止まっては笑顔で眺めてしまいそうになるが、所詮汚らわしい人間の一種である自分が彼らを邪魔する訳にもいかず、いつも緩やかに、そっと歩き去るのみに留めている。


 家が近くなり、空が白み始めた。心に憂鬱が射し込む。忌まわしい産声どものきざし。何十何百もの吐き気を催す無数の汚らわしい手が両足を掴むような、おぞましい感覚がする。人間の活動が増え始める合図には、いつも辟易している。


 家の近くに一匹の人間が見え、全身を這う悪寒から逃げるようにドアを閉め、光の無い玄関へ上がると、廊下の奥で暗闇よりも真っ暗な幾つものもやの中で、瞳を美しく煌めかせ微笑する、愛する妻が待っていた。


「お帰りなさい」


「やあ、ただいま」


 やっぱり、自宅が一番ということなのだと思う。

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夜歩きさん 一ノ路道草 @chihachihechinuchito

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