お札
あん
『お札』
ひとりの修行僧が峠に差しかかった時の事。道端に艶かしい女性の白肌が草むらから覗いていた。僧は一瞬動転したが、若さゆえの好奇心から、女性の姿をよく見ようと近づいた。するとうら若い娘が胸を押さえて踞っていたようだ。
「これ娘さん、気をしっかりなされ。どうされたのか」心配しては見るものの、裾からはだけた白い太ももに目が泳いでしまう。
「お坊様、先ほど足元を大きなコオロギが跳ねまして…妾は驚いて息が詰まってしまいまして」
「おおそれは難儀でしたな。何か気付けの薬でもあればよろしいが」
「それそれあそこの祠に霊験あらたかな護符が貼ってごさいます。それを剥がして飲めばきっと良くなりましょう。お坊様お頼みいたします。あの護符を持ってきていただけませんか?」
なるほど左様に良い護符があるならば、たちどころに病も失せましょうと、修行僧は急いでその祠に向かった。暗い洞窟の中には大きな岩があり、そこに一枚の大きなお札が貼られていた。
「これだな?」修行僧がお札を取ろうと近づくと「それに触っちゃ駄目だよお坊さん」修行僧の背後にある暗闇から声がした。
びくりとして振り向くと、そこには小さな小僧が立っていた。「そいつは要石だ。お札を剥がしたら悪いものが飛び出してくる」小僧はそう言いながら修行僧と岩の間に割って入る。
「何を馬鹿な、そんなものは聞いたことがない」修行僧が強引にお札を剥がそうと手を伸ばすが、小僧の力に押し返されて尻餅をついてしまった。
「坊さんがお札をないがしろにするなんておかしな話だね。いいか坊さん!ここには昔頼豪という坊さんが化け物になって延暦寺の経典を食べ尽くしたそうだ。そこで修験者たちがそいつをここに封じているんだ」
へたれこんだ修行僧を見下ろす小僧の顔は影になり、髪の毛の隙間から見える片目の眼光だけが鋭く光り、修行僧を怯えさせた。
「お・・お前何者だ?もしや狐狸の類いか?」
小僧は答える代わりに出口を指差し、「もうすぐ日も暮れる。はやくしないと化け物の女房がお前を捉えて喰いにくるだろう。急いで山を降りて二度とここに来るんじゃないよ」言い終わらないうちに小僧のひとつ目が妖しい赤色に変わるのを見た修行僧は肝を潰し、逃げるように祠を後にした。道すがら先ほどの女性を探したが、姿を消していた。
転がるように山を降り、修行僧が近くの村にたどり着いた頃にはもう暗闇になっていた。
漆黒の草むらからは『ゲ ゲ ゲゲゲのゲ』
今日も小僧を称える虫の声が響く。
お札 あん @josuian
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