第六節 妖精の居所

第25話 恐れぬ者

「妖精の居場所を知りたいのですが」

 何かを言おうとするパヌラプを、リヴィトが制した。

 ソレ=ガシの問いに、答えは返らない。

「もう一度戦え。ソレ!」

「リヴィト。性懲しょうこりもなく」

 ケルオが気だるそうに放った一言が、一人の女性の機嫌を損ねたようだ。

「あんたねえ」

 文句を言おうとしたパヌラプを、再びリヴィトが制した。

「もう、パイナヤイネン弾は使わない。もっとも、使ったとしても今のソレには効かないだろうがな」

「パイナヤイネン弾とは、さっきのあれですか」

 黒い異形になったことを思い出している様子のソレ=ガシ。

 心に悪影響を与える弾は、通常であれば脅威だ。戦闘不能に陥るか、もしくは発狂するか。だが、ソレ=ガシにとっては違う。

 最初から心が人の形をしていないソレ=ガシには、影響があろうがなかろうがさほど問題ではないのだ。

 さきほどの光景を目の当たりにして、彼女は思うところがあるらしい。

「どうするの?」

 心配そうな目で見つめるミナ。ソレ=ガシは不安とは無縁な顔をしている。

「情報のためです」

「うん。わかった」

 声がすこしうわずっていた。すがすがしい笑顔に、ミナはどきりとしたようだ。


「武器は使わん」

「同じく」

 六人が見守る中、素手での戦いが始まった。

「陣は解かないか」

「はい。まだ旅をしないといけない理由ができましたから」

「そうか」

 嬉しそうな顔を見て、リヴィトが短く返した。片方の口の端を上げながら。

「ソレ、やっちゃえ」

 アイカが叫んだ。

 その言葉が開始の合図だったかのように、二人が打ちあう。こぶしと手のひらがぶつかった。

 空手の型のように、芸術的な攻防が繰り広げられる。

 蹴りもそれをガードする腕も、動きがとても速い。二人とも目まぐるしく動いている。

「オレは信じてるぜ」

 ケルオが言った。

 こぶしと蹴りがぶつかり合う。

「やはり、やる」

「その言葉――」

「そっくり返す必要はない!」

 蹴りが蹴りで返された。

 ナッピがつぶやく。

「へぇ」

 戦いのとき、いつもソレ=ガシの和服は不思議なくらい乱れていない。

「なんなのよ、もう」

 パヌラプはすこし慌てているようだ。それでも、応援をやめない。リヴィトに絶対の忠誠を誓っている様子。

 激しい打撃音が鳴りひびく。しばらく攻防が続いた。

 そして、じょじょにソレ=ガシが押し始める。

「おいおい。こいつは」

 ルーヴィがひとりごちた。ミナが叫んで、その言葉をかき消す。

「いけーっ!」

 黒いロングコートが乱れている。

「おのれ」

 わずかに苛立いらだったリヴィトは、勝負を焦ったように見える。対して、ソレ=ガシはまるで心を乱していない。平常心だ。

 のびる右腕。もう一人の右腕も、同じようにのびている。

 ソレ=ガシのクロスカウンターが決まり、リヴィトは崩れ落ちた。

 あわてて近寄るナッピが、治癒魔法でこの世界の魔王まおうの傷を治した。

「完敗だ」

 倒れたリヴィトが、勢いよく起き上がる。さほどダメージはないらしい。

「いえ。当たった数なら負けています。流石さすがですね」

 リヴィトが右手を差し出し、ソレ=ガシが応じる。

 二人は固く握手を交わした。


「よし。情報をやろう」

「おいおい。なんで偉そうなんだ」

 ケルオのツッコミに、リヴィトは反応しない。

「ウーハラタ山を目指せ」

 聞いたことのない地名に、四人が顔を見合わせる。

「ウーハラタ山、ですか」

 地図を見る一行。

 ウーハラタ山は、カッバールッキ大陸のほぼ中央に位置する。それにしては誰の口からも聞いたことがなかった。バスタタからだと約66ポマセの距離。

「そこのどこに」

 顔をあげると、すでにリヴィトたち四人の姿はなかった。

「っていねえ。普通に帰れないのか、あいつら」

「まあ、普通じゃないからね」

「そうかもしれないね」

 ケルオに同意するアイカと、ミナ。苦笑いを返す帽子の男。

「では」

 いつものように、ケルオを抱えようとするソレ=ガシ。走るつもりだ。

「ちょっと待って。飛んでいかないの?」

 海賊との一件で、ソレ=ガシが自由に空を飛べることは周知の事実となった。さきほどのこともあり、もはや飛ぶことをためらう必要はない、と考えているのだろう。アイカは。

「飛べるなら飛ぼうぜ」

 ケルオも、抱えられるよりは飛びたいのだと思われる。

「寒いですよ。上空は」

 ソレ=ガシが、さらりと言った。

「歩きでいいぜ」

「えっ。じゃあ、ボクも」

「うふふ」

 ミナは、嬉しそうにアイカを抱きしめた。

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