第24話 かの者は

 空中に映し出されていた映像が消えた。

 心に直接作用する弾によって、ソレ=ガシの心、いや、力が暴走したのだ。結果として、人の姿を保てなくなっていた。

 頭と手足がある人の姿では、もはやない。

 ガーディアンよりも禍々しい黒い異形へと変わっていく。影から悪意が伸びているように見える。

「なんだ、これは」

 畏怖すら感じているリヴィトに、変化したソレ=ガシが襲いかかる。

 ハンド魔道砲まどうほうを捨て、右手にも剣を持ったリヴィト。横と縦。二刀はどちらも空を切った。

 こぶしのような部位がリヴィトをとらえた。

「まだだ!」

 空中で体勢を立て直すこの世界の魔王まおう。だが、そのときすでに黒い影が迫っていた。

 ソレ=ガシは、空を飛ぶように地をすべっていく。

 無言で攻撃を加えていくソレ=ガシ。

 そもそも、どこが口なのか、頭なのかさえ分からない。

 黒い爪のような攻撃が襲いかかる。つづいて振り下ろされたのは、鈍器のようなもの。剣がどちらも砕けた。

「ちょっと」

「まずいね」

 パヌラプとナッピが動いた。

「なんの冗談だ、これは」

 ルーヴィもつづいて助太刀に入る。

 しかし、ソレ=ガシはハンド魔道砲まどうほうの弾も、トゥーリ・プースカの風圧もものともしない。アンター・リエイの炎も、ろうそくの火のようにかぼそく消えた。

 黒いかたまりが次々と攻撃を仕掛け、みっつの人影を襲う。

「こいつ」

「きゃあっ」

「ぐはっ」

 ほぼ同時に声がこだました。

 あっさりと倒されてしまう、二人の魔族まぞくと一人のヒューマノイド。

「こいつは、ヤバイぜ」

「た、助けて」

 ケルオも、アイカも怖がっている。しかし、逃げ場はない。見ていることしかできない。

「ソレ……」

 ミナだけが、心配そうな目で見つめる。

 戦いはまだ続いていた。

 どうしようもなく一方的な戦闘は、大方おおかたの想像どおりの結末を迎えようとしていた。

 宙を舞うリヴィト。一瞬で空に移動していた異形の黒いかたまりが、追い打ちをかける。容赦のない動きだ。

「ぐっ」

 地面にたたきつけられたこの世界の魔王まおう。まだ動いている。

「終わりにしましょう」

 着地して、闇のようなソレ=ガシが喋った。

「やっぱり、意識が」

 駆け出す金髪の女性。髪が派手に揺れている。

「おい! 待て」

「やめて。ミナ!」

 ソレ=ガシに近づこうとするミナを止める、ケルオとアイカ。

「ごめんなさい」

「くっ」

「あぶないよ!」

 まさに、赤子の手をひねるがごとく。ミナは、あっさりとふたつの手を振り払った。

 二人には止められなかった。力の差は歴然。魔法による肉体強化であっさりと振り切られてしまう。

 ミナが、全速力でソレ=ガシのもとへと向かう。


 息も絶え絶えなリヴィトが倒れている。

 ソレ=ガシがこの世界の魔王まおうに背を向けているのかどうかは、よく分からない。人の姿をしていない、悪魔的な見た目だからだ。

「どうです。これが、異世界の魔王まおうの姿です」

「ちょっと、変わってるね」

 ミナは、眉を下げながら口元をゆるめた。

「弱っている今なら、討ち取った称号を得られますよ」

「ウソが下手ね」

 ミナの言葉に、ソレ=ガシは驚いた様子を見せない。

 そもそも、機械的すぎて表情が分からない。彼女にはどう見えているのか、周りの人たちは知るよしもない。

「陣はすでに解いています。ミナなら、一撃で終わりです」

「イヤです」

 ミナは、ソレ=ガシをやさしく包み込んだ。長い金髪が風に遊ばれる。

「どういうことですか」

「そばにいさせてください」

 静寂がおとずれた。この世界で最も長いかと思われるような静けさだった。

それがしにとって、あなたたちは人ではない者。一緒にいる意味など」

「意味なんてなくてもいい!」

 黒い異形は、絶句したようだ。返事がすこし遅れた。

「そういうものですか?」

「ソレは、ソレ。旅を続けましょう」


 長い沈黙が流れたあと。

「この姿で旅をするのは難しいでしょうね」

 ソレ=ガシが笑い声をあげた。正確には、笑い声のようなもの、だ。

「そうでもないんじゃない?」

 ミナは楽観的だ。

 様子を見ていたケルオとアイカも近づいてきた。穏やかに口を開く。

「一緒に行こうぜ」

「そうだよ。一人はさみしいよ」

「しかし、それがしは――」

「しかしも何もないの」

 異形の黒いソレ=ガシに、ミナが口づけした。

 すぐに変化は起きなかった。少し経ってから、元の姿へと、人型になっていくソレ=ガシ。

「おおー」

「心配させやがって」

 アイカとケルオが思わず声を上げた。

「仕方のない人たちですね」

 元の姿に戻った和服姿のソレ=ガシが、すこしだけ目じりを下げた。

「その言葉」

「そっくりお返しするぜ」

「だね」

 アイカが大笑いして、三人もつられて笑った。一人はわずかに。

「さて。旅といってもどこへ行きましょうか」

 ソレ=ガシは、次の目的地をすっかり忘れていた。すでに目的を果たしたようなすがすがしさを感じる。

「妖精探しでしょ」

「だな」

「この人たちから聞くんじゃないの?」

 アイカの提案で、リヴィトたちを治療することにしたソレ=ガシ。幸いにも、まだ全員生きていた。

 アイカの治癒魔法が光またたく。

「やさしい光ですね」

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