第四節 世界の真実

第15話 動揺する機械

「はるか昔に、大きな戦争があったようです」

 昔にあった大きな戦いが、世界を変えてしまった。

 はげしすぎる戦いは、世界にダメージを与えたのだ。生物の存続さえ危ういほどの。

「その文字が読めるのか」

 説明するソレ=ガシに、ケルオがいぶかしがる。ミナとアイカはきょとんとした表情。

「文字は戦いよりも以前のもの。なぜ読めるかと聞かれれば、異世界の魔王まおうですから」

 機械に囲まれた無機質な部屋で、光る画面が唯一有機的な雰囲気を与えている。

 つよい明かりが上から部屋を照らしている。それだけでなく、下にも非常用のものがある。ほのかにともっていた。

 ソレ=ガシが説明をつづける。

 戦いによって古い言葉の一部が失われた。古い言葉は、日本語に近い。

 長さの単位、キロメートルも、失われた言葉のひとつ。

「エイレンにもあまり残っていませんでしたね。この失われた言葉は。では、続けます」

 ソレ=ガシが、モニターに映し出される文字をさらに読んでいく。

 魔物の正体は、過去に改造されたこの星の生物。

 大きな戦いで生き延びるための処置だ。

 ナノマシンによる修復能力と、身体能力の強化が特徴。

「魔物が、なんの生物だって?」

 ケルオのつぶやきは、ソレ=ガシには届いていないようだ。

「ナノマシンって、なに?」

「簡単に言うと、小さな機械です。目に見えないほどの」

 人とは別種のナノマシンが体内に存在する個体がいる。それを、魔物という。

 数は少ないものの、力を使える魔物がいる。リミッターがないため、人に攻撃できる。

 魔族まぞくという人に近い生物も存在する。人語を解する。

「リミッターって?」

「人は人に魔法が使えない。それのことです。だからハンド魔道砲まどうほうができた」

 見た目が人と区別がつかないタイプの魔族まぞくは、人間が改造された姿。

魔族まぞくって、結局なんなんだ」

 ケルオが頭を抱えている

「まぎらわしいので言いかたを変えましょう」

「頭が痛くなってきちゃった」

「ボクも」

「おい。ソレ、どういうことだ?」

 薄々感づいている様子のケルオは、いらだちを隠せない。

「この世界の人間たちは、自らを人だと思い込んでいるヒューマノイド。いわゆるロボットです」

「ロボットって、なに?」

 アイカに限らず、この世界の人たちはロボットを知らないようだ。

「さっきのガーディアンのようなものです」

 珍しく、ケルオがソレ=ガシに対して強い感情をあらわにする。

「おい! オレたちが、ただの機械だってのか!」

「でも、子供がいるし」

 アイカの言葉にすら、魔王まおうは追い打ちをかける。

「ナノマシンを使い、細胞と同等の機能を持たせているようですね」

 三人は、互いに顔を見合わせながら何も言わなかった。いや、言えなかった。

 さらなる事実も判明する。

「つまり、魔族まぞくや魔物のほうが人間や動物の末裔、ということです。本来の」


 ソレ=ガシは普段どおり。

 そして、三人は動揺していた。

魔族まぞくのほうが、本物の人間だなんて」

 ソレ=ガシを見つめるミナの双眸そうぼうに、機械的なものは感じられない。ケルオの鼻にも、アイカの口元にも。

 動いても、機械的な音はしない。関節部分も人間と同じような構造になっているらしい。シリコンが多く使われていると思われる。

「冗談きついぜ」

「涙も出ないよ」

「ふむ」

 アイカのほうを見ながら何かを考えるしぐさをするソレ=ガシに、皆の注目が集まる。

「なに?」

「涙が、出るのですか?」

「ソレ、お前!」

 激昂するケルオが、すぐに黙った。天を仰ぐ。

 星の継承者たる存在は、魔族まぞくのほうだった。

 ヒューマノイドたちはそうとう打ちひしがれているようだ。もちろん、ソレ=ガシに優しい言葉をかける気などない。

 コツコツと音が鳴る。足音だ。誰かがやってくる。

「真実を知ったみたいだな」

 十代後半に見える男性。銀髪。リヴィトだった。

「そうですね。しかし、それがしには関係のないこと」

「ほう」

「この世界の人間ではないので」

「くくく。やはり面白いな。ソレ」

 誰もちょっかいを出さない。というよりは、何かをする元気がない様子。

「攻撃しないのですか?」

 意外なほどあっさりと返事が返る。リヴィトはまるで敵意を向けていない。

「ここを壊すわけにはいかないだろう」

「なるほど」

「どちらが王に相応ふさわしいか決めるとしよう。カッバールッキ大陸まで来い。待っているぞ」


「いたた」

「大丈夫か? シャキッとしろ」

 転んだアイカに手を差し伸べるケルオ。照れ笑いで手がにぎられた。

 ミナが明かりを持ち、先頭を歩く。遺跡から出るために。

「……」

 いつもとは違い、何も言わなかった。

 ショックを隠し切れない面々。

「ということは、なるほど――」

 ぶつぶつとつぶやく一人をのぞいて。

 遺跡から出て、道なき道を歩く。太陽の日差しがまぶしい。ヒューマノイドたちが日光の影響をどの程度受けるのか、と、ソレ=ガシは考えているのか。うかがい知ることはできない。

 海岸までやってきた。

 ふたたび港のような施設へ行き、ウレペウシ号に到着する。

「無事だったか」

「どうだった?」

 ネリアとサフコが、明るい表情で聞いた。

「う、うん。まあ」

 ミナはしどろもどろな態度を返すだけ。甲板へ向かうソレ=ガシたち。

「魔力がナノマシンによるものなら、プログラムを直接操作することが可能。例えるなら、機械を説得することができるのでは?」

 普段とそれほど変わらない様子のソレ=ガシが、ガーディアンの残骸を見ながら言った。

 ナノマシン万能説だ。

 ソレ=ガシは、ナノマシンの効果についてずっと考えていたらしい。

 異世界の魔王まおうだけが生き生きとしていた。

「魔力が強ければ、できるかもな」

「そうですね」

「あーあ。わかってたら、ガーディアンを仲間にできたかもしれないのに」

 三人は、じょじょに元気を取り戻している。

 ここで降りるわけにはいかない。と思っているのかもしれない。

「みんなに話す?」

「なぜ、それがしに聞くのですか?」

「だって」

 ミナは、それ以上なにも言わなかった。いかりが上がり、船が動き出す。

 東へと向かうウレペウシ号。

「気合いを入れていくぞ」

「よっしゃー」

 船員たちは今日も元気だ。

 三人は、真実を話す気にはなれないらしい。どこかよそよそしかった。

 真実を探求する旅の仲間として、言いにくいが、船員たちにはいつか伝えないといけない。と、ソレ=ガシは思っていそうにない。必要があればすぐにでも言いそうだ。

 カッバールッキ大陸が近づいてきた。

「なんだ、こいつらは」

 見たことのある動物に近いものや、見たことのない異形があちこちにいる。

「これが魔物ですか。興味深いですね」

 と言いながら、魔王まおうに戦う気はないらしい。

 海からも、空からも魔物たちが襲ってきていた。ソレ=ガシの陣でやり過ごし、無傷で先に進んでいく。

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