第8話 影の銃士

 屋根のあるところまで歩いていない。

 小さな雪がわずかに降るなか、ソレ=ガシたちは世間話をしていた。

「礼は、世界の仕組みについてでどうです?」

「ケルオは、何をしてる人なの?」

「ただの傭兵だ」

「素敵」

 ソレ=ガシは無視されてしまった。ミナが小声で話す。

「すっかりケルオに夢中みたいね」

「ケルオ。頼みます」

 頼まれても困る。そんな顔の帽子の男が、すっとんきょうな声を上げる。

「え? 世界の仕組みについて、知ってるか?」

「そんなことより、食事にしましょうよ」

「ちょ、お、おい。誰か」

 助けを求めようとして、その手が空を切る。

「あっ」

「情報は手に入りそうにないですね」

 ケイハスは、ケルオを引っ張って行ってしまった。


「どうしよっか」

「そうですね。食事にしませんか?」

「えっ」

 ソレ=ガシと二人きりになって、少し意識するミナ。

「といっても、それがしは食べませんが」

「また冗談言って」

 そんななか、青髪の魔族まぞくが人ごみの中からやってきた。雪だというのにショートパンツ姿。

「元気そうじゃない」

 パヌラプだ。

「丁度いいところに。一緒に食事でもどうです?」

「何言ってるの、ソレ!」

 ミナが珍しく怒った。

痴話ちわげんかはみっともないわよ」

「ちがいます」

「あら、そう。ところで、今回の目的はあんたよ」

 パヌラプは、ミナを指差した。

「遠慮します」

 間髪入れずに、ミナは断った。

「なんてね。あたいが興味あるのはソレだから、引っ込んでくれる?」

 ニーソックスの位置を直し始めるパヌラプ。ふふんと鼻を鳴らし、しっしっと手を2回動かした。

「嫌です」

「あらあら」

「どういう話になりそうですか?」

 ソレ=ガシは、まったく分かっていないようだ。圧倒的な強さを誇る男とは思えないほどの察しの悪さである。

「戦いよ」

「だって、さ」

 やる気に火がついた様子のミナと、パヌラプが戦うことになった。

「では、公園にでも行きますか」

 いつもどおり、ソレ=ガシはすべてにおいて生気がない。

 ミナが全力で暴れても被害がすくなそうな公園があった。広い公園だ。おあつらえ向きに人の姿はない。そこで、二人が対峙する。

「さっさと終わらせないと」

 魔力が高まり、金髪の女性の体がおおきな力で覆われた。

「へぇ。肉体強化ね。珍しい」

「見ただけで分かるなんて」

「やはり、情報源として優れていますね」

 どんな状況でも、ソレ=ガシはブレない。

「素直過ぎよ。お嬢さん」

 パヌラプは、一定の距離を保ちながらかく乱している。強化された攻撃を一撃ももらうわけにはいかないからだ。

「やあっ」

 いくら強い攻撃でも、当たらなければ意味がない。

 魔力がほとばしる。力を爪状に展開し、牽制するパヌラプ。

 強化した肉体で受け、ミナは無傷。

 どうやら、魔族まぞくの魔力は人間とは違うらしい。その証拠に、攻撃を当てることができる。人間同士では魔法で攻撃できない。

「ほほう」

 ソレ=ガシは観戦していた。


 食事中のケルオとケイハス。

「だから、ハンド魔道砲まどうほうってのはな」

「そんなことより、二人の将来について語り合いましょうよ」

「人の話を聞けって」

 会話が盛り上がらない。

 一方的に話すケイハスを止めるものは、何もない。

 ケルオは大きく息をはき出し、ひたすら食べ始めた。そのあいだも、彼女は何かにとりつかれたかのように喋り続けていた。

 ようやく話題が変わる。

「衛兵に聞いたけど、弾を撃って阻止するなんて神業だって」

「お。ようやくか。でも、もう食べ終わっちまったぜ」

「あっ。待って」

 ケルオは一人で出ていこうとして、腕をつかまれた。

「ったく」

「えへっ」

 かわいく笑っても、ケルオには効果がないようだ。二人は別々に料金を支払った。

 食事が終わり、外に出る二人。

「なんだ?」

 空気の振動。

 戦いの気配を察知して、ケルオが公園へと向かう。

「ちょ、ちょっと」

 ケイハスもついていく。

 公園で戦っているミナとパヌラプを見つけるケルオ。どちらが優勢なのか、一見しただけでは分からない。

「待ってください」

 ケイハスの懇願を無視して、ケルオが走り出す。そのままハンド魔道砲まどうほうを構えた。無言で戦いに割って入ったのだ。

「2対1は卑怯でしょ」

「3対1じゃないだけマシ、だろ」

 言いながらも攻撃をやめないケルオ。

 防御魔法が破れ、パヌラプは弾を一発受けた。すくなくとも致命傷ではない。かすり傷のように見える。

「くっ。覚えてなさい」

 たまらずパヌラプが去っていく。素早い動きだ。

魔族まぞくって、走って逃げるんだな」

「そうなのね」

「ん?」

「いえ。お幸せにね」

 ケイハスは、ミナとケルオがいい雰囲気だと誤解したようだ。さわやかな笑顔を残して去っていった。

「彼女から情報が入手できませんでしたね」

「ああ、そうだな」

 ケルオが大きく息をはき出した。立ち去るソレ=ガシたち。


 ここは街はずれ。

 オンキアに長時間滞在する理由はない。ソレ=ガシ一行は移動を開始した。すでに雪はやんでいる。

 やはり、ケルオがソレ=ガシにかかえられた。もちろん横抱よこだきで。

「全速力でお願いします」

「だいじょうぶかな?」

 音速を超えるほどの勢いで、二人は北上をつづけた。

 同時に足が止まる。

「生きた心地がしないぜ」

 ぼやくケルオが最後尾を歩く中、ヴィヘルタへと戻ってきたソレ=ガシたち。

 赤道に近い分、寒さはやわらいでいる。

「解決してきました」

「遅いお帰りですこと。何かあったのかしら」

「じつはですね――」

 長に報告し、船の手配を受けたソレ=ガシ。

 宿に泊まることになった。

「うまくいきすぎてる」

「考えすぎじゃない?」

 ケルオは疑り深い。ミナは楽観的なようだ。

 やはりソレ=ガシは食事を取らない。さすがのミナも、冗談ではないと分かったらしい。

「食事しなくてもいい人なんて、聞いたことないわ」

「でしょうね」

 淡々とした返事をするソレ=ガシ。無表情ながら、どこか寂しそうに見えた。

「それじゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「お休みの挨拶は一緒なんですね」

 別々の部屋に入っていく三人。

 魔族まぞくの情報がほんの少し更新されたため、眠らないソレ=ガシはあまり退屈しなかった様子。ぶつぶつとつぶやきながら、一人で考察していた。

 次の日。港に向かう一行。多数の船員とともに、大きな船を手に入れた。

 船員の説明では、全幅8クマセ。全長は53クマセにもなる。

「ふむ。その説明では、分かりにくいですね」

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