第6話 リヴィト

「黒幕がいないだと」

「パヌラプのことですか」

 ケルオは警戒を緩めない。だが、カトソアは平和そのもの。

「水晶はいらないか?」

「ひとつもらうよ」

「今日も暑いね」

 緊張しているさまが逆に滑稽こっけいに見えた。

 ソレ=ガシが普通に歩いているだけなのに、なぜか、街の人たちが集まってくる。

「あんたが、噂の」

「本物だ」

「エイレンから来たわけじゃないんだってな」

 長年のいざこざを収めた和服のソレ=ガシは、英雄視されかけていた。

 魔王まおうは、慣れない冗談を言う。

「人違いかもしれませんよ」

「え? そうなの?」

 ミナは素直だ。

「黙って先に進むぞ」

 ケルオがたしなめた。

 ソレ=ガシが面倒を嫌い、さっさと街を抜けようとしている。それに気づいたケルオも、早歩きで街を通り抜けていった。不思議そうな顔でミナがそばにいる。

 街から出ると、いつものように自然あふれる景色を音速で走り抜けていく。ソレ=ガシがケルオを横抱よこだきにして。

 目的地まで146ポマセ。


 南半球は冬だった。

「寒くないのですか?」

「魔力で、バッチリ」

「便利なもんだな。うー。寒い」

 和服姿のソレ=ガシよりも、薄着でキュロットスカート姿のミナよりも、カウボーイハットのような帽子にマント姿のケルオが一番寒そうだ。街が近いため、雑談しながら歩く三人。

 ヴィヘルタ手前。道の周りには雪。

 黒いロングコート姿の何者かが、交渉を持ちかけてきた。

「よう。敗北か死か、どっちが好みだ?」

「しいて言うなら、両方です」

 ソレ=ガシは穏やかな顔をしていた。

 まるで、敗北か死に対してあこがれを持っているかのように。

「この魔力。普通じゃないぞ」

「ソレ。逃げましょう」

 ケルオとミナを無視して、ソレ=ガシが話す。

「あなたが、リヴィトですか」

「そうだ。リヴィト=バスタタ。よく覚えておけ」

「バスタタ?」

左様さよう我輩わがはいは、バスタタの、いや、世界の王だ」

 寒さのせいかケルオは震えている。

「まさに好機。妖精がどこにいるか知りませんか?」

 明らかに敵意を向けているリヴィトに対し、ソレ=ガシは普段どおり。緊張感や恐怖心が欠如しているかのように、無表情だ。

「減らず口を閉じて、かかって来い!」

「そうですか」

 陣を使おうとしたソレ=ガシは、すぐにやめた。素手同士がぶつかり合う。

「ソレ!」

「やめろ。身を隠すぞ」

 ミナとケルオは、巻き添えを嫌って隠れた。だが、ミナに続いて、ケルオも顔を出して戦いを見守る。

「防御だけが取り柄かと思いきや、なかなかやるではないか」

 雪ほど白くはない銀髪のリヴィトは、すこし驚きの表情。ニヤリと笑った。

「リヴィト。何者ですか?」

「はっ。言ってなかったか? 吾輩わがはいは、魔族まぞくの王だ」

魔族まぞくとは?」

「てめぇで調べろ。ソレ!」

「では、そうさせてもらいます」

 こぶしを打ちあう二人が一旦離れる。ハンド魔道砲まどうほうを使うリヴィト。

 その弾を、ソレ=ガシの手のひらから放った光の弾が相殺そうさいした。

 機械から連続で放たれる弾と、手のひらから連射される弾。ほぼすべてがぶつかり合い、消滅していく。流れ弾のいくつかが周りに飛び散った。

 魔王まおうが特別大きな弾を撃って、もう一人の魔王まおうが応じる。ぶつかり合うふたつの弾が爆発を引き起こした。

「では、また会おうぞ」

 笑い声を残して、リヴィトは去っていった。


「たいした情報は得られませんでしたね」

「そういうことじゃないだろ。リヴィトについての感想は?」

「まあまあ。無事だったからいいじゃない」

 ミナが二人の仲を取り持ち、三人は進む。

 冬の海は荒れていた。

「アジャテラから大きな船を頂きに来ました」

「そんなこと言われてもね」

「どこにあるか知りませんか?」

「さあね」

 東にある港で、大きな船を探すソレ=ガシたち。ところが、見つからない。

「どうする?」

「長と交渉します」

「簡単に会えるのかな?」

 ヴィヘルタの長に会うことにするソレ=ガシ一行。

「あの大きな建物まで、何ポマセだと思いますか?」

「1ポマセもない。100クマセくらいだ」

「クマセとは――」

 歩きながら雑談をする三人。

「あいつら、ひょっとして」

「ああ、間違いない」

 周りの人たちからひそひそと噂話をされている。気づいたソレ=ガシは何も言わなかった。

 石造りの建物が並ぶなか、その目立つ大きな建物はあった。やはり、石造りだ。四角く切った石を積み上げて作ってある。地震がすくない地方なのだろう。

 そして、三人は立派な建物の前にやってきた。

 意外にも、すんなり長に会うことができた。アジャテラとカトソアの戦いを終わらせたのがソレ=ガシだと知っているからだ。

 長は、ドレス姿の女性だった。

「条件がありますわ」

 淡い茶色の髪をかきあげて、にっこりとほほ笑むフィミーラ。

「条件とは?」

「南にある同盟国、オンキアでの事件を解決してくださらないかしら」

「事件、ね」

 ケルオは、しかめっ面を返した。

 南にあるオンキアでのもめ事を解決することが、船を手に入れる条件になった。

「では、さっそく行きましょう」

 後ろを向いたソレ=ガシが、ふたたび振り返る。

「と、その前に」

「なに?」

 なぜか、ミナが聞いた。自分にあてられた言葉ではないのに。

「オンキアまで100ポマセくらいですか?」

「106ポマセですわ」

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