第二節 魔族との邂逅

第5話 ケルオ

 ヴェリに寄らず、ソレ=ガシは走る。

 ひたすら北へ。

 まだ夕方までには間がある。飲まず食わずの和服の男は、疲れた様子を見せない。音速で合計数時間もの距離を一気に走り抜け、街の近くまでやってきた。

 石造りのタイルの道を、ソレ=ガシは歩いた。陣を広げる必要はない。

 街で、盛大な歓迎はなかった。事実を知っている人物の中で、一番早くやってきたのがソレ=ガシだからだ。

 中世ヨーロッパに迷い込んだかのような、アジャテラの城。

 ソレ=ガシは庭で迎えられる。

「謁見の間でないとは」

 腑に落ちない様子の異世界の魔王まおう

 ソレ=ガシは、戦いが終わったことを報告する。詳細は言わなかった。

「詳しい話は、世界の情報と交換です」

「高い対価だな。わっはっは」

 豪快に笑い声を上げる、アジャテラの王クニンガス。次の言葉を待ちきれないのか、ソレ=ガシが催促する。

「では」

「もう遅い。話は明日にしよう」

 豪華な客間に迎え入れられた魔王まおう。だが、どの家具にも興味を示さない。

 眠る必要がないソレ=ガシは、一晩中暇だった。前回考えたためだ。まだ情報が少ないため、あまり考察する余地もない。

 そして翌日。ふたたび庭に集まったソレ=ガシたち。

 ミナを制して、王が語る。

「かつて、英雄と救世主が存在した」

 英雄が剣技で魔物を打ち取り、救世主が驚異的な魔力で魔法を人に使えないように変えたという。

 ソレ=ガシは、ドラゴンを倒したという英雄の像を思い出している様子。

「救世主ですか」

 魔法の正体が分からない現状では、想像もあまりはかどらない。ソレ=ガシは、深く考えることをやめたようだ。

 その伝説の詳細を知るのは、いまは妖精だけ。

「これはトゥットゥなのだが」

「トゥットゥとは?」

「常識。誰もが知っているおとぎ話、ということだ」

「妖精、ですか」

 何かを考えているようなそぶりを見せる、ソレ=ガシ。

「あとは、基本的な魔法の話だが。火をつかさどるアンター・リエイ――」

 王は、火だけではなく、次の属性についても詳しく説明した。

 水のベシ・ベシマッサ。風のトゥーリ・プースカ。土のマーペラ・マー。氷のジャー・ジャーパラ。雷のウッコネン・サラマ。光のバロ・ハイカイセバ。闇のピメウス・トゥンマ。

 魔王まおうは、魔法の属性の情報を手に入れた。

 そして、魔法による防御の効果も教わる。完全に無効化はできず、かすり傷程度は負うらしい。

 ほとんどの人は、たいした魔力を持たない。そのため、どの魔法も脅威ではない。

「それで、ハンド魔道砲まどうほうですか。皮肉なものです」

 話に入りたくてうずうずしていたらしいミナが、ソレ=ガシに語りかける。

「人に向けて使っちゃダメ」

「と言って聞けば、楽ですけどね」

「普通の人が使っても、豆鉄砲のようなものだ」

「でも、危ないよ」

 ミナは真面目だ。クニンガスは、はっはっはと笑った。

 ハンド魔道砲まどうほうは、魔力が強い者が使わないと致命傷を負わせられないらしい。ミナが使えばとんでもない威力となることは言うまでもない。

「ハンド魔道砲まどうほうは、使わないのですか?」

「使わないよ」

「なぜです」

「使う必要がないから」

 ミナの頬がすこし赤い。興奮しているようだ。

 二人のやり取りを、王が微笑ましそうに見ていた。


「手っ取り早いのは、やはり妖精に話を聞くことですね」

 間違いなく、妖精に話を聞けば世界のことを知ることができる。いまはまだ情報が少ない。

「だが、楽な道のりではないぞ」

 紅茶を飲みながら、王が諭した。

「そうです。ゆっくりしていってください」

「賛成だ」

 王妃とミナの兄が言った。東屋あずまやに集まって、くつろいでいる。王妃の名はガタール。王子の名はプリンシ。

 妖精は、唯一魔物が大量に残っているカッバールッキ大陸の国、バスタタにいるという。

 エーッテリには、空を飛ぶ大型の乗り物はない。

 そして、この近くに大きな船はない。

 船を手に入れるためには、カトソアよりさらに南のヴィヘルタまで行かなければならない。

 ここアジャテラが北半球の国。カトソアが赤道直下の国なので、さらに南のヴィヘルタは南半球にある。ここからだと、かなりの距離だ。

「それでは、出立しゅったつします」

「私も同行します」

 ミナが言った。

 王と王妃、それに兄も反対する。

「何を言うか」

「考え直して」

「まだ早いよ」

 しかし、ミナの決意は固い。

「私、もう決めたから」

「そうですか」

 ソレ=ガシは、いつものように無表情で言った。

「まったく、誰に似たんだか」

「本当にね。うふふ」

「ね。いいでしょう?」

 まだあどけなさを残す表情で、ミナが懇願した。

「仕方ないな」

「気をつけるのよ」

 周りの人たちはしぶしぶ了承した。

 ソレ=ガシは意見を言わず、何かを考えている仕草。ゆっくりと口を開く。

「まぁ、陸路と海路でもいいでしょう」

「ほかに、なに路があるの?」

「くう……いえ、なんでもありません」


 衝撃波を発しながら、二人は走る。

 ひたすら南下するソレ=ガシとミナ。

 ヴェリの手前までやってきた。走る速度を落とす。住人の姿が見えたからではない。あまり街に近づきすぎると衝撃波で危険だからである。

「おーい」

 誰かの声がする。帽子にマント姿の、体格のいい男。ケルオだ。

 再び戻ってくると予想して、見張っていたらしい。一般人に高速で走って移動することはできない。

「誰?」

「戦いを止める前に、ちょっと挨拶をした人ですよ」

「ひどい挨拶だったぜ」

「そうなの?」

 ミナは、不思議そうな表情のままケルオを見つめた。

「傭兵稼業なんかより、あんたと一緒のほうが面白そうだ」

「それなら、敵対することはありませんからね」

 ソレ=ガシの皮肉に対して、誰も何も言わなかった。

「そう。あんたじゃなくて、ソレ。ソレ=ガシだよ」

「オレはケルオ。ケルオ=ヴィッサスだ。よろしく頼むぜ」

 ケルオの右手が差し出され、ソレ=ガシは何もしない。ミナの助言で右手が前に出される。二人は握手を交わした。


 ソレ=ガシは別格なので置いておいて。

 走るのが速いミナ。

 ミナは魔法の高度な使いかたをしているらしい。

「魔法による肉体強化。ケルオにはできないのですか?」

「オレはアンター・リエイやベシ・ベシマッサくらいしか使えないぜ。だが、ハンド魔道砲まどうほうの扱いなら任せろ」

「かかえて行きましょう! 慣れていますから」

「勘弁してくれ」

 ケルオはソレ=ガシの陰に隠れようとした。ところが、筋骨隆々なために隠れきれない。

「どうやって持つのがいいですか?」

「こうやって、こう」

「なるほど」

 ケルオは今、ミナに上半身と下半身をそれぞれの腕で分担する形で持たれ、腹の位置まで抱え上げられている。体は横向きだ。

 体格のいい男は、金髪の女性に横抱よこだきにされてしまった。

 どんどん話が進んでいく。あっさりと抱きかかえられたケルオは恐怖を覚えているようだ。

「お、おい。106ポマセもこのままか?」

「慣れてるからね」

「なんて力だ」

 ソレ=ガシは、我関せずといった雰囲気で次の言葉を放つ。

「では、行きましょう」

「おーっ」

「……」

 結局、二人が交互に持って走ることになった。1時間後にソレ=ガシがケルオを横抱よこだきにした。


「っと」

 かかえられていたケルオが降ろされる。町が近い。三人は歩いた。

 石畳がはがれるうえに衝撃波で被害が出る。街中で勢いよく走るわけにはいかないのだ。

 シルマにやってきた一行。

「よう」

「のんびりやろうぜ、旅の人」

「エイレンからかい?」

「違いますそれがしは――」

 ソレ=ガシが前に来たときとは違い、緊張感がない。街は平和そのものだ。

「こうまで変わるもんかね」

「お腹すいちゃった」

「では、食事にしましょう」

 ミナとケルオは、レストランに入らず、街の様子を見ながら外で食べられる店を選んだ。

 食事をする二人。パンに何かをはさんだものを食べていた。

「食べないの?」

「必要ありません」

 ソレ=ガシには食事が必要ない。

「本当かよ」

 半信半疑の様子のケルオ。小さく首を横に振って、明るい表情になった。

「ソレが言うなら本当なんだろうな。だって、ソレだからな」

「え? いつもの冗談でしょ?」

 食べ終わったミナは、お喋りをつづけるつもりのようだ。椅子に深く腰掛けている。

「もういいでしょう」

「それじゃ、出発」

 代金は食事と交換でもう払ってある。ミナとケルオは、席を立った。

 街から出るまでは普通の旅人にしか見えない三人。

「またおいで」

「元気でな」

 石畳がなくなり、土の道に変わった。

「では、いきましょう」

「そうだね」

「ふーぅ」

 大きく息をはき出すケルオ。

 ケルオがミナに持たれた。ソレ=ガシとミナの二人は、次の目的地であるカトソアへと走り出した。

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