第4話 パヌラプ
散発的な攻撃などお構いなし。
一切攻撃をせず、陣でやりすごしていくソレ=ガシ。
南国情緒あふれる国に着いた。
赤道に近い、かつ季節は夏なため、暑苦しい。しかし、ソレ=ガシには暑さなど関係なかった。
ソレ=ガシは陣を広げ、ひたすら目立つ建物を目指して歩き出す。街で一番背が高く、いかにも高級そうな建物に近づいていくと、当然のように兵士が妨害に現れた。
「どいてください」
「誰が!」
ところが、細身のソレ=ガシに、屈強な男たちは指一本触れることができない。
天井や土壁に穴を開けることもなく、
「サーリ様、お逃げください」
「ここは、我らが」
「さあ、早く!」
何を言われても玉座から離れない、シルマの女王サーリと交渉になる。
「
大男が蹴りかかって、やはりソレ=ガシには当たらない。ハンド
「やめなければ、どうするというのだ」
「命の保証はできません」
ざわざわと騒がしい兵士たちが、一瞬で静かになった。ソレ=ガシが、物理攻撃無効の陣をさらに広げたのだ。国がすっぽり収まるほどに。
それを、遠く北側からケルオが見ていた。
「ご愁傷さま、だな」
大きく息をはき出し、赤毛の男が歩き出す。
土壁の城は静寂に包まれたまま。
去ろうとするソレ=ガシが、女王に呼び止められる。
「待て。まだ交渉は終わっていない」
「もう話すことはありません。カトソアを説得しに行きます」
「おのれ」
歯ぎしりをするサーリ。
「おっと、忘れていました」
「なんだ」
「ここからカトソアまで、何ポマセですか?」
「くっ」
言葉を発しない女王のかわりに、兵士が距離を伝えた。
誰もハンド
高速で走るソレ=ガシ。
じょじょに町が見えてきて、速度を落とした。やはり、黒髪は揺れていない。
町の外は踏み固められた土の道があるだけ。舗装はされていない。
赤道直下の国、カトソアが目と鼻の先だ。熱気渦巻く中、人々は普通に生活していた。ソレ=ガシがすこしだけ眉を下げる。
「ふむ」
街に入る前から、陣は広げられている。
「こいつ」
「さ、下がれ」
何を言われても、ソレ=ガシは無視していた。事を荒立てずに、とは言えないかもしれないが、城の中に堂々と入る。
ゆうゆうと歩くソレ=ガシ。石造りの城の奥深くまでやってきた。
玉座に深々と座る男が見えてくる。
「あなたが王ですか?」
「そうだ。スータリ様と呼べ」
カトソアの王の前で、ソレ=ガシはとつぜん球状の陣を解いた。
「これで――」
ソレ=ガシは、すぐに集中砲火を浴びた。
「ばかな」
「すべてが無駄な抵抗だと、分かってもらえましたか」
ソレ=ガシは無傷だった。
陣があろうとなかろうと、たいした問題ではない。と思わせるため、陣なしでも戦えることを見せつける目的で、あえて陣を使いつづけていたのだ。
実際には、薄い膜のように陣を展開して身を守っていることは言うまでもない。
だが、それを認識できる者はここにはいなかった。
「魔法による防御でも、傷はつくはずだ」
「なんてことだ」
「もう無理です。王だけでもお逃げください!」
「それだけは、できぬ!」
絶望的な状況でも引かない王を見て、ソレ=ガシがいぶかしがる。
「仕方ありません。それでは、この場の全員に消えてもらうしか」
ぶっそうなセリフをあえて言って、相手の出方を見たのかもしれない。あるいは、本心かもしれない。ともかく、その言葉で変化は起きた。
「困ったわね。手回しがパァになるのは、面倒でしょう」
玉座の陰から、青髪の女性が現れた。
「た、助けてくれる約束だろう」
ぶざまに助けを乞うたのは、王だった。
ショートパンツ姿の女性は、ニーソックスの位置を直している。
「あたいは、リヴィト様の
「おい! 無視か」
「
沈黙は長くは続かなかった。ソレ=ガシがさらに口を開いたからだ。
「リヴィトとは、誰ですか?」
ソレ=ガシは、まるで世間話をするようにのんびりと話をしている。
自分の指を見ながら、パヌラプがため息をつく。
「なんで話さないといけないの。いまはそれどころじゃないのだけれど」
「タダでは教えてくれないようですね」
ソレ=ガシが構えていないのに、パヌラプが慌てだす。
「ちょっと。戦う気はないよ。この国が欲しいなら、好きにしな」
「
「うふふ。どうかしら」
パヌラプは、口をとがらせて吸い込みながら、いったん止めて短く音を鳴らした。
「
「さあて。それじゃ、またね」
ウインクをして、パヌラプが去っていく。
「こら。待て!」
「待たないみたいですね」
「ぐっ」
「どうしますか? 敗北か、それとも――」
その言葉のつづきを聞くことはできなかった。スータリが悲痛な表情で頼む。
「降参すれば、民に危害は加えないと約束してくれ」
「もちろん。では、交渉成立ですね」
「本当だろうな」
王は疑心暗鬼になっているようだ。
「
カトソアを手に入れたソレ=ガシ。その表情からは達成感が感じられなかった。いつもと同じような無表情。
「よかったですね。戦いは終わりです」
カトソアでは、どこからも戦いののろしが上がっていない。誰一人として失わずに。
ひたすら、戦いが終わったことを話しまくるソレ=ガシ。兵士だけにではなく、一般の人にも。もちろん、自身の力を見せつけた上で。
ゆうゆうと街から出た。
ヴェリとシルマの国境付近の谷で、マントを羽織ったケルオが待ち構えている。
「思ったより遅いな」
そこを、高速で移動するソレ=ガシが駆け抜けていく。曲がりくねっているので速度は
どこかで見た顔が目に入り、ソレ=ガシが反応する。
「おや? あの人は」
「ちょっ。待て」
聞く耳を持たないソレ=ガシが走り去って行って、ケルオはスコープでうしろ姿をかろうじてとらえた。
かまえていたのは、長距離狙撃用のハンド
「まあいいでしょう」
二人が交わることはなかった。
「間違いない。奴だ」
心底嬉しそうな表情のケルオは、ソレ=ガシが国境を通ると予想していた。追いかけているようだ。
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