第2話 ミナ
「ええい! 捕らえられんのか」
「無理です。ぐわっ」
男は、正面の入り口から堂々と外に出た。
外から見ると、古い木造建築だったことが分かる。街からすこし離れた場所に、ぽつんと建っていた。辺りには林が広がっている。
「協力的な人を探したほうがよさそうですね」
そう言うと、男はふわりと浮き上がり、猛スピードで前に進み始めた。
空を飛んでいるのは青年のように見える、和服姿の男。ふしぎなことに、黒髪は風になびいていない。
「おや?」
眼下でなにやら騒ぎが起きていた。
林の中で、武装した集団に追いかけられている女性がいる。大きく足を上げても肌着が見えない。キャロットスカートだ。
「交渉できるかもしれません」
隕石が落ちたかのような爆音をあげることもなく、武装集団のほうを向いてスッと着地する男。やはり、髪はなびかない。服すら風の影響を受けていなかった。
たくさんの武器に臆することなく、男が武装集団のほうに歩きながら話しかける。
「その武器は何ですか? 見せてください」
「なんだ、テメェ」
「と、飛んでこなかったか?」
「構わん。構え!」
あわてている隊長が、よく分からないことを言った。正しくは、そいつに構わず武器を構えろ、といったところだ。
武器を見せてほしいという提案は聞き入れられない。男が多数の銃で狙われる。
銃で狙われているというのに、やはり男はまるで気にしていない様子。歩みを止めない。
「あなたは、誰?」
女性の問いに答えは返らない。金髪の女性は、弾から身を守るためしゃがんだ。キュロットスカートがなびく。
「本当に、いいんですか?」
「魔力がない相手でも、油断するな」
そして。
物理的な攻撃を無効化する空間が展開された。男を中心として球状に。その場のすべての人が包まれた。
違和感を覚えながらも、隊長は命令する。せざるをえない。
「撃てぃ!」
発射の号令がひびく。
しかし、弾を発射することができない。シーンと静まりかえっていた辺りは、にわかにざわつき始めた。
「なにが起きたの?」
金髪の女性は、立ち上がっていた。男のほうをじっと見つめている。
「どうなっている」
「引き金が引けないぞ」
「ま、まさか」
「火薬を使っていない銃。いまなら命までは取りません。貸してください」
男は、不気味なほど落ち着いていた。ゆっくりと、丁寧に話しかけている。
「ば、化け物だー!」
「待て。お前ら。くそっ」
隊長も含めて集団の全員が逃げていき、男は異質な空間を狭めた。
ひとつだけ銃が落ちている。
「これは」
歩みを進める男。
男が拾い、引き金を引く。しかし、弾は出ない。引き金から指を話し、なめまわすように見始めた。
「陣も展開していないのに。何か仕掛けがあるようですね」
後ろから歩いて近づく女性が、男に話しかける。すこしも怯えているそぶりはない。
「ハンド
「はい。
女性の問いに肯定する男。振り向いた。髪がなびく。その顔は無表情だった。
「助けてくださって、ありがとうございます」
深々と頭を下げる金髪の女性。作り笑いではなく、まぶしい笑顔が男に向けられた。
「助けたつもりはありません。気にしないでください」
「座って話をしませんか?」
「何か情報が得られるかもしれませんね」
二人の会話は、微妙にかみ合っていなかった。
「
「そうなんですか」
切り株の上に座って、二人が話をしている。林の中は、たまに鳥の鳴き声がする。
とはいえ、地球では聞いたことのない鳴き声だ。あたりにいる動物も、地球のものとはどこか違うように見える。
よく見ると、植物すらも目新しく見えた。
「この世界について、詳しく聞かせてくれませんか?」
「うふふ」
女性は笑うばかり。男が話したのは正しい情報なのに、冗談だと思われてしまったらしい。
「世界に名前はありますか?」
「エーッテリを知らないなんて、冗談ばっかり」
すっかり冗談が得意な人だと思われている、異世界の
ここは、エーッテリ。どうやら、地球とは別の異質な科学が発達した世界だと思われる。
「冗談ではないのですが」
「私からも質問、いい?」
「はい」
男は、素直に返事をした。しかし、顔は無表情だ。
「名前を教えてくれないかな」
「
「ソレ=ガシ。変わってるけど、いい名前ね」
「それだと若干ややこしく……まあいいでしょう」
ほんのわずかに眉を動かした、和服の男。思いを口にせず、すこし口ごもって了承した。
「ソレって呼んでいい?」
「いいですよ」
こころよく肯定する
勘違いで名前が決まってしまった。
風が吹き抜け、ソレ=ガシの短めの黒髪と女性の長い金髪を揺らした。
「私は、ミナ。ミナ=カウニス。お礼がしたいから、家まで行きましょう」
「礼はいりません、しかし」
「なに?」
「情報が欲しいので、行きましょう」
ソレ=ガシは、礼はいらないらしい。とはいえ、世界について詳しく聞くには同行するしかない。この奇妙な世界に興味を抱いたようだ。
「ついてこられなくなったら言ってください。抱えますから」
そう言うと、ミナが短距離走選手のごときスピードで走り出した。
ソレ=ガシも同じく走る。
ひたすら北へ。まっすぐ。あっというまに林を抜けた。低い山々が見えてくる。
「これが魔法の力ですか?」
「そうです。魔力がないのに、ソレはよくついてこられますね」
走りながら雑談する二人。
ミナは、魔力で肉体を強化できるようだ。細身とは思えないほどの驚異的な速さと持久力を見せる。長い髪はばらばらと乱れていた。対して、ソレ=ガシの髪は乱れていない。
「速度を上げてもいい?」
「はい。どこまででもいいですよ」
じょじょに速度を上げていくミナ。ソレ=ガシもぴったりとついていく。時速500キロメートルを超えた速度にまで達した。
さらに速度が上がっていく。山を越え、谷を抜けて走りつづける二人。
音速を超える勢いで土埃を巻き上げる二人は、しばらくして城を有する町の手前に到着した。1時間以上は走りっぱなしだった。
「ミナが帰ってきた」
「おかえりなさい」
「ただいま」
ミナは町の人たちから人気がある様子。石造りのタイルの道の上で、大勢の街の人たちに囲まれている。
「だいじょうぶ?」
「よくぞ無事で戻ったもんじゃ」
大げさに心配する子供や老人もいた。同行する人物は、何も言わなかった。
中世ヨーロッパのような街並みを、和服の男は懐かしむそぶりを見せない。眉ひとつ動かさずにたたずんでいる。
普通の速度で歩く二人のうち一人が、公園で立ち止まる。もう一人も止まった。
子供たちが、木製の剣を振り回していた。
小さな噴水と、青々とした木々がまぶしい。遊具は置かれていない。人々の憩いの公園だ。
そこには、小さな像があった。
ミナが説明する。
「ドラゴンを退治した英雄の像です。それで、アジャテラでは剣が人気なのよ」
「剣士ができるのは一太刀浴びせることだけのはず。切れ味が落ちますから」
一度斬ると、剣の切れ味が落ちるため手入れをしなければならない。ソレ=ガシはドラゴン退治を信じていないようだ。思ったことをズバズバと言っている。
「それでも、ドラゴンの肉が振る舞われたことは事実なんだよ」
とおりすがりの老人が言った。
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