ソレ=ガシの陣

多田七究

第一章 異世界の魔王

第一節 某

第1話 別々の世界

「やはり、この世界も――」

 湿った風が運ばれてくる公園。子供たちの姿はない。大人の姿も、一人しか見えない。木々は色付き、たくさんの落ち葉が地面を彩っている。

 声を発したのは、近代的な風景に似合わぬ和服姿の男。黒髪が揺れた。

 そのつぶやきが、人々の怒号にかき消される。

「病原体は駆除くじょしろ!」

駆除駆除駆除くじょくじょくじょ!」

 声が、さらに大きな音でかき消された。聞こえなくなる。

 はげしい轟音と、うなりをあげる突風。飛来した何かが、男のそばで光りかがやいた。

 燃えさかる火炎と、肌を刺すような高温があたりを襲う。

 化学反応により、延焼が起きている。

 ミサイルだ。最初の一発がわずかに外れたためか、さらにもう一発飛来してきた。すさまじい爆発が起こる。

 中心に立つ人物の姿が揺らいでいった。


 魔法陣まほうじんにろうそく。

「エト・スピリトゥス・サントス・ヴィス・アド・メ」

 呪文じゅもんのようなものが合唱されていた。

 何かの召喚しょうかん儀式ぎしきのようだ。ローブ姿の8名がいる。

 といっても、そこにあるのは魔道具まどうぐではない。何の力も発していないただの布切れ。あとはロウと糸と、炎だ。

 乾いた風は、吹き抜けない。

 明かりはろうそくのほかにない。ゆらゆらとおどる炎が、締め切られた茶色の部屋で、ぶきみに影を作り出していた。

 現代風の物はひとつも置かれていない。家具も内装も、古めかしい印象を与える。

 その中で、ひときわ目を引くものがあった。部屋の片隅に置かれた仰々しい機械だ。何に使うのか分からない銀色の装置。そして、エネルギー不足で満足に稼働していない。

「こ、これは!」

「やったか?」

 召喚士しょうかんしたちが口々に叫んだ。何かが起こったらしい。口ぶりからして、何かの召喚に成功したように思える。

 とつぜん光かがやき、何も見えなくなった。


「どうなった? 封印できたのか?」

「うむ。二度と災いが起こらぬよう、此奴こやつを――」

 懐かしい記憶を再生した男は、見知らぬ場所に立っていた。無表情で。最初から、和服姿の男の目は開いている。

 そこは、光がおさまった召喚部屋しょうかんべや

 窓もドアも閉められ、薄暗い。ろうそくの光がほのかに辺りを照らしていた。

 建物の一室を改装しただけで、もともとは別の用途で使われていたと思われる。机や椅子はあっても、冷蔵庫はない。

「ずいぶん科学が発達していますね」

 和服姿の男が言った。どこにも火傷やけどや怪我はない。部屋の片隅を見ていた。

「やったぞ。成功だ」

「別世界から魔王まおう召喚しょうかんしたぞ」

「これで、任務完了だ」

 喜びを隠せない召喚士しょうかんしたち。現れた男は青年のように見える。その男は、何かを考えるようなそぶりを見せていた。

 リーダーらしき人物が、男の前に立つ。

「願いをかなえてくれ」

「なぜです」

 間髪入れずに、男が言った。

 召喚士たちがざわめいた。男は、まるで協力的ではない。

「前回の魔王まおうがいい人だったからといって、今回もそうとは限りません。むしろ逆の可能性のほうが高い」

 長々と説教が始まった。

「そもそも、自分たちよりも強い相手を呼び出してどうするというのです。言うことを聞いてくれなければそれで終わりではないですか」

「しかしだな」

「しかしもなにもありません。いいですか? 現に、それがしは言うことを聞く気がない。これはつまり――」

 やたらと話が長い。召喚士たちはうんざりした様子を隠すので精一杯のようだ。

「全てを滅ぼすつもりだったらどうするのですか?」

「そ、それは」

 言い淀む召喚士しょうかんしに、追い打ちをかける。

「人しか食えなかったらどうするつもりです? あるいは建物を食べるとか」

 それでも、召喚士しょうかんしたちは食い下がる。

「頼む。お前の力が必要なんだ」

「助けてくれ!」

「誰かに雇われている、と?」

 男の問いに、召喚士しょうかんしは即座に答えた。冷や汗を流していることから、余裕のなさをうかがわせる。

「そうだ。失敗したら、ただじゃすまないんだ。だから」

「だからといって、それがしに話を聞く義理はありません」

 召喚士しょうかんしたちは落胆していない。前のめりになって、どうにか説得しようと必死だ。

「なんでも言うことを聞くから!」

「仕方ないですね」

 風が吹き荒れた。魔法陣まほうじんとろうそくが宙を舞い、布切れに火がついた。

 とつぜん、風がこごえるような冷たさに変わる。

 すぐに火は消え、あたりの水分が凍りついた。この現象を起こした人物は明白だった。その場の召喚士しょうかんしたちが全員驚いているからだ。

「なんて力だ」

「魔力を感じないのに、なぜだ」

「ううう」

「バケモノだ!」

 圧倒的な力を見せつける男は、まさに異世界の魔王まおう。ほかに形容けいようする言葉はない。

「ま、待ってくれ」

「まだ何か?」

「お前に力を貸してもらえなければ、我々の首が飛ぶ。だ、だから」

 部屋の窓が吹き飛んだ。つづいて、ドアがへこむ。バラバラに砕け散った。ろうそくが全て折れ、部屋の家具もめちゃくちゃになった。

 外からの明かりが部屋に差し込む。部屋の中は白い部分が減り、茶色い部分が増えた。

「部屋を破壊して、手に負えない相手だったと証明すればいいわけですね」

 つづいて、ぼそりと呟く魔王まおう

「エネルギー不足だったことは黙っておきましょう」

 男は、のんびりと部屋をあとにした。

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