自らも楽しみ人々にも喜びを与える。 大切な輪生をこうした心構えで送りたい――松下幸之助

第103話 未来サイクル~結~

 ――四月。


 と言えば、新生活の始まるシーズンである。

 愛紗が鴇凰高校で迎える二回目の四月。去年よりも暖かく感じるのは、はたして気温だけのせいなのか。

 そして今日は入学式。今年も多くの新一年生が誕生した。

 去年は向こう側だった愛紗も、今年はこちら側で新一年生を迎える。

 ここから、何人が自転車愛好部に来てくれるのだろうか。

「あー、入部希望者が大量に来たら、どうしましょう」

「安心して。多分……大量には来ない」

 自転車愛好部の部室には、愛紗と結理先輩だけ。愛紗はいつものようにイスに座り、結理先輩はいつものように作業場にいる。そこに有るのは、いつもの日常。

 光先輩は勧誘に動いていて、ここにはいない。三人の中で口が一番上手そうな光先輩が勧誘する方がいいだろうという所から、勧誘担当になった。

 去年、一昨年と問題だった勧誘ポスターは愛紗が作った。分かりやすく自転車のイラストも入れている。これなら自転車の部だと分かってくれるだろう。絵は上手いという訳ではないが、自転車愛好部の三人の中では一番上手く描けるだろうという事で、作画担当になった。

 もちろん、活動場所もキチンと書いた。去年書き忘れたのが新入部員が少なかった原因――とは思わないが、書いてなければ来る人も来ない。

「でも、ガチ勢が来ても困るんですよね」

「この部……そんなにガチでも無いから。私には息抜きに丁度いい」

 ガチではない分、間口は広いと思う。もっと入部希望が有ってもいいと思うが、毎年「部」としての存続が危ぶまれるレベルしか来ない。理由はよく分からない。部活名? 実績の無さ?

「私、ここに居ていいんですかね?」

「平田さん……勧誘とか出来る?」

「それは自信無いですね」

 自信満々で答える愛紗。

「だったら……みっちゃんに任せた方がいい」

「そうですか……。私に出来る事は無いですか?」

 愛紗はいつでも動けるように立ち上がった。

 じっと待つのも、なんか勿体ない気がする。動いて気分を紛らわせたい。

「平田さんはポスターを作った。それを見てうっかり来る人が居るかもしれないから、ここに居て」

「うっかりって……」

 評価酷いなと思ったが、去年うっかり占いに釣られた自分が言えた立場じゃない。

「あと……誰か来ても、私が上手く話せるか分からない」

 そっちの問題か。あまり喋らない結理先輩だけを残すのは、不安だ。

「なら、ここに居ますよ」

 愛紗はイスに座る。もうしばらく待機しようと思う。

「ありがとう。自転車について詳しく聞かれたら……私が答える」

 それは頼もしい。


 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。

 結理先輩が何か作業をやっている音だけが、部室に響いていた。何をやっているかは、よく分からない。もう少しメンテナンス関係も覚えた方がいいのかな? せめて何をやっているか分かるぐらいには。

 時計をチラッと見たが、全然時間が経ってなかった。

 イスに座っているだけの愛紗には、時間が長く感じる。

「本当に誰か来るんですか?」

 あまりにも動きが無い。愛紗には不安が募るばかり。

「まだ……始まったばかり」

「でも……」

 そう言った所で、部室と鉄扉が開いた。

「来たっ!」

 それに反応して、愛紗は大声を出しつつ勢いよく立ち上がった。

「あー、ダメだぁ……」

 扉を開けたのは、光先輩だった。声と顔で勧誘が上手くいってないのは分かる。

「なぁーんだ……」

 期待して損した。そんな気分で愛紗はイスに座った。

「なに? その動き。新手のスクワット?」

「いや、そうじゃ無いんですよ。新入部員が来るのかどうか不安で不安で」

 話を聞いてくれそうな光先輩に吐露しておかないと、このまま不安に潰されそうだ。

「その気持ち、分からんでもないなぁ。去年のあたしがそうだったんだし」

「いや……だからってあんな詐欺まがいの占いはどうかと」

 その占いにひっかかった人が、ここに一人。

「演技だよ、演技。まぁ、あの時は新入部員のためならなんでもやるって気分だったし」

 やったから来なかった可能性も有る。ひっかかった自分もどうかと思うが。

「ところで光先輩、どうして戻ってきたんですか?」

「いや、全然ひっかからないから、一旦気分を切り替えようと思ってさ」

「え? また占い?」

「違うよ」

 返事まで間隔がゼロだった。光先輩でも去年の事はもう忘れたいらしい。

「こんな僻地まで戻ってくる方が大変そうですけど」

「色々考えられるだけの時間が出来るから、逆にいいんだよ」

 光先輩は部室内で軽くストレッチをする。

「よぉしっ、もう一回行ってくるかぁ。今度はアプローチの仕方を変えてみよう、そうしよう」

「次は……連れてきてね」

 振り向かずに言う結理先輩の言葉が重い。

「いやいやユリ、プレッシャーすごいから」

「駄目なら……自転車愛好同好会にした部長として、末代まで語られる」

「あー、もう! 最低でも一人は連れてくるよ。努力したけどダメでしたーの方が、まーだ美しいや」

 ちょっと投げやり気味に、光先輩は部室を出ていった。

 その姿に愛紗は不安になる。

「本当に新入部員、来ると思います?」

「私は来ると思う。みっちゃんならやってくれる」

 その自信はどこから来るのだろう。

 先輩方は付き合いが長いから、お互いが分かっているのかもしれない。

 長いと言っても二年だが。

 そう思っていると、再び鉄扉が開いた。

「今度こそ!」

 愛紗は立ち上がったが、そこには光先輩の姿があった。先程と同じように力が抜け、イスに座る。

「光先輩、忘れ物ですかぁ?」

 そして愛紗まで投げやり気味に。

「いやさぁ、ポスターを見て興味を持ったーって入部希望者が来たんだけど」

 光先輩は外を指さしていた。まだ姿は見えないが、きっと入部希望の人がいるのだろう。

「えっ……」

 入部希望者が来て戸惑っているのは愛紗の方だった。本当にポスターで希望者が来るとは思っていなかった。

(来たんだ……)

 というのが、正直な感想。急に来ても困るばかり。

「よかったね……平田さん」

 結理先輩に褒められた。ちょっと嬉しい。

「さ、入って入って」

 光先輩が部室に入ってきたが、後には誰もついてこない。

「あれ?」

「みっちゃん……ちゃんと生きてる人、連れてきた? 憑いてきてない? 幻覚? エア新入部員?」

「いや、ウチの制服だし、ちゃんとした人間だよ! 足あったし」

 人影だけ見える新入部員は、入るのに戸惑っているようだった。

 私も最初は怖かった。気持ちは分からなくもない。

「大丈夫。怖くないから」

「コワクナイヨー」

 ちょっと棒読みすぎます。結理先輩。

「この部は初心者大歓迎だよ。私だって入るまでは初心者だったんだから。色々教えるよ」

「平田さん……そんなに教えられる程には」

「そうだねぇ」

「ちょっ、ひどいですよぉ!」

 新入部員は笑っていた。それで緊張も不安が無くなったのか、スっと部室へと入ってきた。

 それを見た愛紗は、今後の自転車愛好部への期待感が高まる。

 大きく息を吸い込んだ。

「自転車愛好部へようこそ!」

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自好部 -チャリストーリーは突然に- 龍軒治政墫 @kbtmrkk

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