第102話 海のドアー

 海岸沿いの広場に並ぶオブジェ群。

 愛紗はその中に見覚えの有る物を見付けた。

 ピンク色のドア単体。

 ドアは半開きになっていて、向こう側に海が見えている。

 有名なひみつ道具だ。

「ついに来てくれたんですね。二十二世紀からタヌキ型ロボットが」

「ネコ型だよ」

 ここは有料駐車場。元々は地域振興の為に作った海の駅跡地で、イベント会社が広大な土地で新しい事を始めると色々大変なので、無人でもやれる事をと造ったのが駐車場だった。人が来るようにと作品を置いており、駐車料金も入場料と書くなど少し変わっている。自販機と自販機を模したオブジェが有り、それが場所の由来となっている。

「よかったぁ……映画の時だけ光先輩がいい人になるのかと」

「あたしゃ歌と料理がスゴいガキ大将か。ヒロイン役は誰がやるのさ」

 そう光先輩が言うと、前の二人でチラッと後ろを見た。

 一番後ろを走るのは、結理先輩。

「私……都合良くお風呂入るの?」

 結理先輩が脱いだらキャーッ! エッチ! で済む問題じゃあない。

 ネコ型ロボットの話は無かった事にして、海沿いの県道を走っていく。

 すぐそこには玄海灘が見えている。海には島一つ見えない。キラキラ光る青い海が全面に広がっているだけだった。

 そんな県道沿いには飲食店がまばらに建っている。やはり観光地として有名なのだろうか。県道の交通量が少なくなかったのは、この辺りを目的地にしているからかもしれない。

 そして横断歩道が有る辺りから海とはお別れ。木々の間から玄海灘がチラッと見えるが、先ほどまでよりも遠い場所に有る。

 鬱蒼とした木々が無くなってやや大きめなリゾートモールを過ぎると、再び海が近くに見えてきた。

 人気のカフェを過ぎると、先の方で海に岩が飛び出ているのが見える。

「あれが夫婦岩ですか?」

「そうだよ」

 さらにいくつか建つカフェのそばを過ぎると、『糸島市』の文字が書かれた標識が見えた。

 ここは陸地における福岡市の最西端。

 前に行った春日市や志免町とは違い、長い距離を走って市境まで来た。福岡市を飛び出すような気分だ。

「市町村をまたぐ時は、ピョンと飛ばなくていいんですか?」

「バス旅じゃあないし!」

 そして三人は糸島市へと入る。すぐ右には夫婦岩。そしてその手前には海に立つ白い鳥居が見える。

「どこに停めるんですか?」

「もうちょっと先に駐輪場があるよ」

 そこから一〇〇メートルほど進むと、左側の少し高い場所に駐車場が有った。ここは市の無料駐車場。トイレも併設されているが、夜間は閉鎖される。

 駐車場への坂を登ると、多くの車が停まっている。車以外にもオートバイが何台か停まっており、ドライブだけでなくツーリングスポットにもなっているようだ。

 駐車場敷地手前側に金属製のサイクルラックのある駐輪場が有った。手すりを流用して作った感があるが、有るだけでもありがたい。

 三人はここに自転車を停めて、徒歩で戻る。

 結理先輩は途中のレストランやキッチンカーが気になる様子。

 いったい、この小さな身体のどこに入るのだろう……。

 そして県道を渡ると、階段の下には二見ヶ浦海岸が広がっていた。

「着いたぁー!」

 出発した時には雲が多かった空も、歓迎するかのようにいつの間にか抜ける様な青空になっていた。

 眼下で広がる白い砂浜の向こうには、淡いブルーの玄界灘が広がっている。

 その青い玄界灘には真っ白な鳥居が建っており、鳥居の向こうに大きな岩が二つ。二つの岩は注連縄で繋がっていた。

 ここに鳥居が建つ理由は、南西方面に建つ福岡藩二代目藩主黒田忠之創建の桜井神社社地だからである。伊勢に雰囲気が似ているかも知れないが、最初に建てた桜井大神宮が伊勢に勧請しているのが要員の一つかも知れない。

 ここ二見ヶ浦は、海の日制定記念で選出された日本の渚百選にも選ばれており、県内では他に海の中道が選ばれている。

 また、ここが特に美しいとされるのが夕日で、夏至の頃になると夫婦岩の間に沈む夕日を見る事が出来る。

「わっ! きれい」

 愛紗が砂浜への階段を下りていくと、一番下で砂浜と階段の間を水が流れていた。これは汐除しおよけ川で、玄海灘へと流れ込んでいる。

「よっ」

 愛紗は汐除川を飛び越えた。

「わはっ!」

 砂の柔らかい感触に、思わず声が出る。数歩走れば、その沈み込む感触が心地よく感じた。

「光先輩、結理先輩、早く来て下さいよ! 砂浜楽しいですよ」

 愛紗は振り返って二人の先輩を呼んだ。

「初めてビーチに来た子供か!」

 先輩方はゆっくりと階段を下りていた。

「まだ元気そうね。もっと長い距離、行けるんじゃない? 愛紗ちゃん」

「家に帰るまでが……ライド」

「そうね。まだ半分だもんね。でも、最初の頃はあんなにタイヘンそうだったのに、今回は普通に走って来れたし、一年で成長したんじゃない?」

「それは……みっちゃんが坂ばかり連れて行くから」

「……反論できねぇ」

 三人は浜辺まで歩いてきた。

 鳥居の向こう側には寄り添うような夫婦岩が見える。二つの岩は伊勢志摩の二見浦の夫婦岩のような数メートルも差がない。数十センチレベル。

 伊勢志摩の二見浦は沖合にご神体が有り夫婦岩は鳥居のような役目を担っているが、桜井志摩の二見ヶ浦は夫婦岩が御神体になっている。古くは竜宮へ行く入口とも言われていたようだ。

 玄界灘の少し荒めな波が浜辺に押し寄せる。荒い波は柔らかな波音となって、耳に入ってくる。

「なんか、ずっとここにいたい感じですね」

「砂浜に住むの?」

「あー……屋根無いし」

(そういう問題じゃない)

 光は思う。

「鳥居って事は、神社関係の場所ですよね? この夫婦岩」

「そう。桜井神社は江戸時代に創建されたんだけど、楼門や太鼓橋、拝殿本殿が創建当時からのモノで――」

 光先輩が急に饒舌になった。話が長くなりそう。

「――というワケなんだけど、桜井神社、寄ってみる? ココから近いよ?」

 でも神社は気になる。

「神社は行ってみたいですね」

「みっちゃん……帰りはどうする?」

 結理先輩が話に割り込んできた。

「帰り?」

 何か問題でも有るのか。

「あー、元の道で遠回りするか、南下して九大坂を登るかかぁ」

「九大が移転した場所って、この近くなんですか?」

 明治時代に遊郭を移転させてまで誘致した九州大学は、建物の老朽化やキャンパスが複数箇所に分かれている等の複数要員から芸術系・医学系以外を山林を切り開いて建てた伊都キャンパスへと移転させた。

「この近くっていうか、上の道路そのまま進んで突き当たりを左に行けば九大に行けるよ。桜井神社はもっと手前を左に曲がったトコだけど」

「九大かぁ……」

 見られるなら、見てみたい気がする。入学するかどうかは分からないが。

「九大坂を通って帰りましょう」

「え? いいの?」

 それに驚いたのは光先輩。

「いや、だって坂だからイヤって言うのかと。まぁ、九大坂って言っても、全然たいしたコトない坂だけどさぁ」

 光先輩が大した事無いって言うなら、私には少しキツい坂だろう。

 でも、

「私ももうすぐ二年生。後輩が出来るんです。坂だからイヤとか言えませんよ。もっと鍛えたいです。夏には白糸の滝にも行けるように」

「愛紗ちゃん……」

 どちらかと言えば前向きでは無かった愛紗が変わってきている事に、光は嬉しさが込み上げてきた。

 自分たちはもうすぐ三年生。秋に引退となれば、次の部長は高確率で愛紗だろう。次の部長で大丈夫なのか少し不安に思っていたが、これなら大丈夫かもしれない。

「よーし、それなら今度、夏に行けなかった若杉山の奥の院行こっか。標高五〇〇メートルぐらい登るから、修行にちょうどいいよ」

「え? いきなりスパルタ教育?」

 愛紗もまた、次は二年生なのでこのままではいけないと思っていた。今のままだと、少しカッコ悪い。

 だが、今の発言で少し後悔している。

「走りよりも……メンテナンス」

「うっ……」

 愛紗は今、メンテナンスに関しては先輩たちに大きく頼っている。日常のメンテでも、出先でのトラブル対応も。

 光先輩や結理先輩ほどではないが、後輩が出来るのなら頼れる先輩でありたい。

「その前に新入部員獲得だね」

「「あー……」」

 愛紗と結理先輩が同時に言う。

 「ウチの部に入りたくて入学するなんて奇特な人はいないだろうから、頑張って二人は入れないと」

「私……自転車愛好部に入る為に鴇凰高校来た」

 今、結理先輩の表情が曇ったのが分かった気がする。

「よし、新入部員が入るように桜井神社へお参りに行こっか」

 誤魔化した。今、絶対光先輩誤魔化した。

「新入部員の入部って、そんな御利益有るんですか?」

「縁結びだったはずだから、大丈夫っしょ。叶ったらお礼参りに来ないとね」

「誰に復讐を?」

「そっちのイミじゃねえ!」

「次来るなら……この周辺のお店に行きたい」

(結理先輩、また途中で誘惑に負けるんじゃないかな?)

 そう思う愛紗であった。

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