別れ

コンテストまであと1日。


まだ重いままの体をだらしなく起き上げ、水面に顔を出す様に息をする。


「はぁーー... 」


「亮介さん、おはよう!」


いつもの様にアオイの味噌汁をすする。

「あぁ...美味しい。」


「亮介さん、コンテストのお皿出しておきましたよ。」

「ありがとう。」

「ついに明日ですね。」

「あぁ。」


自信はないけれど...アオイが「大丈夫。」と言えば何故か

大丈夫な気がしていた。


アオイもお皿を作りたいと言うので、一緒に作ることにした。


後ろから抱き締める様に...2人でろくろの前に座る。

アオイのキレイな髪が頬に当たり、くすぐったい。

そして...

俺の手がアオイの細い手に触れる...。

彼女の脈が伝わってくるようだ...。


「こうやって...回すんだ。」


2人の為に流れる空気...

幸せな時間...

この時が止まればいい。

このまま抱き寄せて...アオイをずっと...俺のモノだけにしたい。


耳元で囁く...

「愛してる。」

「私も愛してるよ...。」

アオイの言葉も体も震えている。


「どうした?」

「大丈夫だよ...これで完成?」

「うん。なかなかの出来だ。」



お皿を窯で焼いている間に、近くの山に行きたいと彼女が言った。 

雨が降ってるというのに...。


傘もささず、アオイは駆け出す。


まるで...あの時の美しい蝶の様に...。


「おいっ...待ってくれ!」


彼女の長い髪が雨粒を弾き...キラキラ輝く。

彼女のキレイな輪郭を雨粒がつたっていく...。


すけそうなぐらい白い肌も

折れそうなぐらい細い腕も

指も 足も 身体も

...全てが美しく愛しい。


彼女を捕らえる様に

2つの羽を掴み、

俺の罠へと...引き込んでいくっ。


「アオイ!どこにも行くな!ずっと一緒に居てくれ。」


震えた羽を背中へと回し...

涙を流しながらアオイは言う。


「ありがとう、亮介さん。幸せだったよ...。」


...幸せだった?


「もう帰らなきゃ...。」 


「か、帰る?」


「助けてくれて...ありがとう。さようなら。」


抱き締めたアオイの身体は

ふわっと消え...

美しい蝶へと変身した。


そう...あの時助けた青い蝶に。


「あの時の...蝶だったのか?」 


その一瞬で...彼女が俺の元に舞い降りた理由を悟った。


涙が次から次へと溢れ出す...

あの時の雨粒のように...。


その青い蝶は、悲しそうに亮介の顔へ飛んで行き...

最後の口づけを交わす...。


〝アイシテル”


2つの羽を羽ばたかせ...キラキラと輝きながら、

蝶は雨空へと帰っていく。

...それはそれは美しい光景...。


「...行かないでくれ...。」

雨雲をどかすように手を伸ばす...。

...永遠に罠に掛けていたかった。

あの愛しかった美しい蝶を...。


涙と雨粒が混じり合い、どちらの雫なのか分からないぐらいの悲しい日だった...。



...家へ着くと懐かしい匂いがした。


2人でいつも囲んだ食卓には...

彼女が作ったお皿が置いてあり、そこには俺の好物の唐揚げ。


夢中で口へと頬張る...。

彼女が蝶でも何でも良かった...

ただずっと一緒に居たかった。


「アオイ...会いたい...。」



コンテスト当日。


深い悲しい夢から覚めた俺は...

ようやくケータイの着信に気付いた。


「はい...。」


「あなたの作品が金賞に輝きました!おめでとうございます。」


「えっ?!」


まさか...あの作品が?


急いで会場へと向かう。

夢中で走る...アオイの事を忘れるかの様に、

早く。


会場へ着き、自分の作品が一番輝かしい場所に飾ってあるのを見つける。


その輝かしい作品を見た瞬間...涙が雨粒のように溢れ出る...。


「アオイ...ありがとう...ありがとう。」 


亮介の作ったお皿には、美しい青い蝶が描かれていた。

とても美しく...繊細に...。


2人の愛し合った証の様な...

温かく儚い...でも美しい作品だった。


その作品の名は—


—————『蝶を罠へ掛ける。』



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「蝶を罠へ掛ける。」 howari @howari

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