向日葵畑の奇跡

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向日葵畑の奇跡

「よう久しぶり、元気してるか?」

俺は、幼馴染の凛香に声をかけた。

 

 「うんうん、元気にしてたっ!!翔太は?」


 「俺は、めちゃめちゃ元気さ。最近、来てやれなくてごめんな」


 「うんうん、全然そんなことないよ。いつも顔、見に来てくれてありがと」


 「それにしても、今日であれから二年か……時間が経つのはあっという間だよ。ふと、お前が俺の近くから遠くにいっちゃったっていうのは、やっぱり寂しい」


そう言って


俺は、凛香に最高のスマイルを見せた。 

 

「あっ、手元のその花……」

 

「はい、これ向日葵。お前好きだっただろ。結構高いんだからな。向日葵って」


「うん。ありがとっ。すっごいきれいっ。大事にする」


「じゃあな、また来る」


「うん、翔太も元気でねっ。」


「俺、頑張るからさ。凛香、大好きだぜ」


その愛の気持ちを、目一杯伝えると俺は凛香の墓を後にした。


              



      

         

凛香は昔からの幼馴染だ。


小さい頃から元気でみんなの人気者で笑顔が素敵だって言ってご近所でも評判の美人さんだった。


あいつには、恥ずかしくて言えなかったど、幼心ながら可愛いと思ってたし良くお嫁さんにしたいって、お母さんにぐずってた時期もあった。 


正直言って凛香のことが好きだった。年を重ねるごとになんとなくもやもやしてたこの気持ちが、高校生ながら本当の好きになっていた。


だけど高校一年の夏、事件が起きた。


その時の黒い記憶は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。


7月12日の朝、照りつける太陽に身を焦がしながら、俺は制服に着替え、凛香と一緒に学校の通学路を他愛もない話をしながら、ボチボチと歩いていた。


「そんな、暑そうな顔してるとこっちまで暑くなっちゃうよ。そんなだるそうな顔しないでさ、ほら、スマイルスマイル」


えくぼに両手を当ててこちらに笑顔を押し売りをしてくる。


「あっそういえば聞いてよこの前、学食でパン食べすぎてお腹壊しちゃったよ…」


凛香はお腹を擦る動作を大げさにしてくる。その話に少し、微笑しながらも、俺は凛香にツッコミを入れる。


「凛香、お前相変わらず馬鹿だな。そんなんだから、彼氏の一人もできねーんだよ」


「できないんじゃないわよ!!私には、もう心に決めた好きな人がいるの!!」

と、凛香は自慢げに女の子らしい大きい胸を張り上げる。


 

俺も男の子なので、目線があっちこっちキョロキョロさせながらも、俺は内心、猛烈に焦った。こいつに好きな、しかも心に決めた人がいるなんて…… 


だけど、あいつに……凛香に好きって言えるわけがない。


今になって思うとほんとに幼稚な羞恥心だった。


そのまま凛香とお喋りし、あーだこーだとウダウダしながらながら、交差点にさしかかる。


向かい側には昔の自分たちを思い出すような、小学生たちが暑さに負けず和気藹々とじゃれ合っている。


薄暗い青が点滅して警告の赤に信号が変わる。


暑さで頭がショートしていたのか凛香の動きに、俺は反応が遅れた。


荷台を積んだトラックが、登校中の小学生に向かって突っ込んできた。


体中から汗が吹き出る。そして俺は咄嗟に、小学生に怒号を飛ばした。


「危ないっ!!逃げろ!!」

声を目一杯張り上げると同時に目を見開き、驚愕した。その瞬間、凛香が小学生を突き飛ばしていた。トラックのクラクションが閑静な住宅街に高らかに響く。それが天使のラッパと言わんばかりに。


周りが一瞬スローになった。頭の処理が追いつかない。世界がモノクロの映画になった。


ダメだ……このままじゃ…… 


逃げろ……逃げてくれ……



「凛香!」


「………」


凛香は一瞬、こちらを向くと小さな笑顔でこちらを向き、何かを告げるとモノクロの映画に彼女の真紅が付け足され、そこで俺の意識はプツリと切れた。

 

そこからの記憶は曖昧だ。凛香に駆け寄って、救急車を呼んで、それから…それから… 


病院では凛香の家族や友達が来ていた。


皆、涙を流していた。


だけど俺はすべてのことをシャットアウトをした。だけど、医者から言われたその言葉で俺の心のフィルターは音を立てながら崩れていった。


ダメでした…と  


凛香は死んだ。このことだけでその時は頭がいっぱいだった。何も考えられなくなった。もう何もかもどうでも良くなったんだ。


凛香になんであのとき…… 


「好きって言えなかったんだ……」


家に帰り、一人になったとき喪失感が涙と嗚咽へと変わった。


どれだけ涙を流そうがどれだけ後悔しようがどれだけ神に祈ろうが凛香は帰ってこない。

凛香が死んだという事実は、俺を壊すには十分だった。


そこからはすべてが悪い方向に向かっていった。月日はたてど、傷は癒えず、何も手につかず自分の目には鮮やかな光が戻らない。


初めは、慰めをくれた友達や家族も無気力で冷淡な自分を見るうちに、みんな少しずつ離れていった。


凛香の一周忌、凛香の死を再確認する日、未だに立ち直れず前を見れない、そんな自分にも嫌気が差し、朧気な意識に身を委ね、死を選ぼうとした。凛香への懺悔のつもりで……


そう考えた時だった。スマホに一通の連絡が来た。


今の自分に連絡をよこす人間なんて…


そして俺は驚愕、することになる。差出人は凛花だった。ありえない。画面を食い入るようにしてメール内容を見る。そのメッセージには一言、


「待ってる」


そう書かれていた。


気づけば俺は駆け出していた。


携帯を握りしめ、宛もなく周りを彷徨い続けた。


そして……


「翔太!!」


あり得るはずのない、聞こえるはずのない声が俺の耳に届く。


「凛香なのか?」

俺は絶対に存在しない虚像に目を凝らす。場所は凛香が小さい頃から好きと言っていた、家の近くの向日葵畑。


美しい月光とたくさんの向日葵の傍らに彼女は夜風に吹かれ髪をなびかせながら立っていた。


俺は彼女を見ると一目散に抱きしめた。凛香は目をあんぐり開けて、弱い力で体をよじる。


「ちょっと翔太、苦しい、苦しい。それにすごい…恥ずかしい……」


「凛香……凛香……ごめんな……あのとき守ってやれなくて……ごめんな、ごめんな」


泣きじゃくる幼馴染の姿を見て凛香は翔太を包むとゆっくり目を閉じ、子供をあやすように言葉を紡ぐ。

「ごめんね……翔太……凛香は、今ここにいる。だから今は安心して」


そう言って凛香にあやされていた俺だったが少し時間が立ち、ありえない状況ながらも理性と恥ずかしさが戻ってきた。


なので喋れるまで回復すると、即座に凛香から距離を取った。


「離れないでよっ。泣き虫な翔太なんていつぶりに見ただろ」


と、からかい混じりに笑う凛香はあのときみたいに楽しそうに笑っていた。その姿を見ても言い返す。


「泣いてなんかねーよ!!このっバカ女」


「うるさいなっ!このアンポンタン!泣き虫〜」


「「何を!」」


お互い何往復も小学生のような罵倒を繰り返すうちにそれはいつの間にか笑いに変わっていた。


一通り笑い終え、目を真っ赤に腫らしているのを服の裾で隠す。


惚れてる幼馴染に泣き顔を見せるのはすごく恥ずかしい。


その後、凛香にちょっぴり拗ねながらも疑問をぶつけた。


「どうして…生きてるんだ?」


「死んでるよ!凛香!」


「幽霊ってことか?」


「多分そうなるのかな……たぶん、心残りがあったのかもね」


「心残りなら俺にもある」


俺は一つ深呼吸し、凛香に思いを伝える。


「凛香、俺はお前が……んっ!?」


凛香の指が俺の口を塞ぐ。


「そこから先は凛香に言わせて……」


「絶対嫌だ!!、断るっ!!」


「な、なんでそんなこと言うの!!」


「なんでもだ!!」


「俺は」


「私は」


「「お前のことが大好きだ」」

告白の瞬間、向日葵の花弁が月明かりめがけて宙を舞う。


告白の言葉を紡ぐ。


その瞬間、小さな奇跡は終わりを迎えようとする。


凛香の体は少しずつ黄色い光に包まれていった。


何かを悟ったかのように彼女はそっと目を閉じた。そして……


「もう時間なのかな、えへへ凛香、翔太の彼女だよ。翔太の彼女……だよ。これからいっぱいデートしていっぱいお話して…だけどそれはもう叶わないんだよね。それはちょっぴり寂しいな。だけど、翔太……私のいない世界でも元気出してね!!翔太なら大丈夫ほらっ…スマイル…スマイル!」


涙を流し笑顔でそう言う凛香に俺も負けじと涙を吹きながら凛香に応える。


「当たり前だぜ!凛香!ほらスマイル……スマイル!」


 えくぼに指を当てる。


そして、凛香は俺の頬にキスをした。


「翔太っ!!大好きっ」

そう言い、向日葵より綺麗な最高の笑顔を見せた凛香は月夜に彩られながら光とともに俺のもとから去っていった。


「おれも大好きだ」

そう言葉をこぼし頬を伝う涙を拭いた。


そした美しい光を胸に秘め、俺は向日葵畑を駆け出した。

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向日葵畑の奇跡 SayO @suisay

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